サッカーの話をしよう
ブラジル・ワールドカップコラム「王国にて」No.2 ~「国民の宝」を伝える
サンパウロの街角に紫色のジャカランダの花が目につくようになった。気がつけば7月。日本で言えば「桜」に当たる季節を感じさせる花だ。7月が最盛期という。
大会も後半。「コパ(ワールドカップ)熱」は上がる一方だ。試合のない日も、テレビではこれまでの好試合を繰り返し流している。
興味深いCMも多い。難しいメロディーのブラジル国歌を、4歳か5歳ぐらいの子どもたちが歌い継ぐ銀行のCMは、とてもかわいい。だが私のいちばんのお気に入りは、ある自動車会社のCMだ。
路上サッカーに興じる少年たち。3つの得点シーンが流れる。最初は相手の頭上にボールを浮かせて抜き、ボレーで決める。続いて人壁の前に立つ味方が動いたスキを針の穴を通すような左足キックで破る。最後は、ゴール正面から右前に転がしたボールを、走り込んできた選手が右足を振り抜いてアウトサイドキックで低く左隅に決める。
実はこれらすべてがブラジルが過去のワールドカップで記録したゴールシーンのコピー。最初は58年大会決勝戦で17歳のペレが見せた超個人技ゴール。次は74年大会でリベリーノが決めたFK。そして最後は70年大会の決勝戦、カルロスアルベルトの4点目。ブラジル・サッカーの別名でもある「ジョゴボニート(ビューティフルゲーム)」のシンボルとも言うべき得点だ。
テレビでは今大会の映像だけでなく過去の大会の名シーンも繰り返し使われ、語られている。その積み重ねで、いつかこうした名ゴールが人々の脳裏に焼き付けられ、定着したものに違いない。それは「国宝」あるいは「国民の宝」と言っていいいものだ。
ひるがえって日本のサッカーに「国民の宝的シーン」があるだろうかと考える。半世紀以上前のゴールシーンを子どもたちまでが詳細に頭に描けるように、現在のスターの動向だけでなく、過去の名シーンを繰り返し伝えていくことが「サッカー文化」の醸成に不可欠なことを思った。
(2014年7月5日、サンパウロ)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。