サッカーの話をしよう

No.985 ワールドカップの魂示すスライディング

 「おもしろかった」
 ブラジルから帰国するといろいろな人からこんな言葉を聞いた。
 残念ながら日本代表の上位進出はならなかったが、今回のワールドカップの試合、なかでも「ラウンド16」以降の後半戦は、接戦・熱戦続き。16試合のうち半数の8試合で延長戦にはいり、うち3試合はPK戦での決着となった。圧倒的な強さを見せたという印象のあるドイツも、決勝戦だけでなくラウンド16のアルジェリア戦で延長戦を強いられた。
 接戦・熱戦となったのは、どのチームも相手を恐れず、果敢な戦いを見せたからだ。そしてリードを許しても最後まで勝負をあきらめなかったからだ。
 ドイツ以外にはチーム戦術で見るべきものが少なかった今回のワールドカップ。個の力を前面に押し出して戦うチームが圧倒的に多かった。それがサッカーのために良いこととは言えないが、代表の強化に時間を使うことができない現代では仕方がない面もある。
 その一方、ワールドカップならではの醍醐味(だいごみ)が感じられた大会でもあった。祖国のため、家族のために我が身を省みずに戦う姿勢だ。世界中の人の心をとらえたのは、まさにそうした姿勢だったに違いない。
 ワールドカップに何を感じ、それを自分のサッカーにどう生かそうとするのか、それは選手それぞれの考えだろう。しかし先週末のJリーグを見ながら、何人もの選手たちが私と同じことを感じ、実践しようとしているように思った。「スライディング」である。
 立ったまま足を伸ばしても届きそうもないボールに対して、すべり込みながら触れようとするプレー。新しいものではない。サッカーが始まったころからある技術だ。主として守備側の選手が使うが、ドリブルが大きくなって相手に取られそうになった攻撃側の選手が使うこともある。
 7月19日に私が見たのは浦和×新潟だったが、その試合ではこのプレーが実に頻繁に使われた。雨でピッチが滑りやすかったこともあるかもしれない。しかしそれ以上に、ワールドカップの刺激ではないかと感じた。
 取れそうもないボール、失いそうになったボール。それでも最後の最後まであきらめず最大の努力を払って自分のものにしようとする―。それこそ、世界中の人びとの心を打った「ワールドカップの魂」ではなかったか。
 1センチ、いや5ミリでもボールに近づき、自分のものにしようという努力。それがサッカーに迫力をもたらす。

(2014年7月23日) 
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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