サッカーの話をしよう

No.986 自分の判断で道を渡る

 ワールドカップの会場のひとつだったフォルタレザで驚くべきものを見たのは、競技場から空港へ向かうタクシーの中だった。
 郊外で大きな道が交差するインターチェンジ。途切れることなく車が周回する中央の空き地に、防球用のネットをめぐらせてゴールを立てただけの小さなサッカー場があり、はだしの少年たちがゲームに興じていたのだ。
 「王国」ブラジル。いたるところでサッカーで遊ぶ少年たちの姿を見かけた。だがかつてのような路上ゲームではない。地区や自治体がつくった少年用のサッカー場。周囲をフェンスで囲んだ土地に適当な大きさのゴールが立っている。
 ところがフォルタレザのこのサッカー場は異常だった。周囲はすべて自動車専用道路。少年たちは交通の小さな切れ目を見て横断し、ここにやってくるのだ。日本ではとても考えられない立地だ。
 もちろんブラジルにも歩行者用の横断信号はある。サンパウロの日本人街には鳥居の形で光る信号があった。だが歩行者の多くは信号に関係なく道を横断する。車が途切れたと判断すればさっさと渡る。横横断歩道でないところを渡ることも多い(ブラジルに限ったことではないが...)。
 自分の目で見て、自分で判断して動く―。おっとこれは、日本のサッカー選手たちが最も不得手とするところではなかったか。
 サッカーという競技では、試合が始まったら個々の選手が状況を把握し、何をすべきかを瞬時に判断してプレーを続けなければならない。ところが日本では「習いごと」のようにサッカーを始め、一から十まで指示するような指導を受ける結果、自分で判断するのが苦手な選手が驚くほど多い。日本代表クラスでもベンチばかり気にしている選手がいるのは驚くばかりだ。
 自動車専用道路を横断しなければプレーすることができないフォルタレザの少年サッカー場を見ながら「こんなところから差が生まれるのかな」と感じるのは、あながち見当外れではないだろう。
 7月23日付け「ニッケイ新聞」(サンパウロ)のサイト記事によれば、一昨年のブラジルの交通事故死亡者は4万6000人。うち歩行者が8800人にものぼる。同じ年の日本の交通事故死亡者は4411人。歩行者はわずか76人だった。
 生命を守るには信号を守らなければならない。だが同時に、どんなことでも自分で見て判断できるたくましさをもった少年たちを育てなければならない。

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(2014年7月30日) 
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サッカーの話をしようについて

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