サッカーの話をしよう

No.987 1-7は過去の歴史

 「1-7」
 何年もせずに、ことしのワールドカップはこの数字を抜きに語ることができなくなるだろう。もちろん、準決勝のブラジル×ドイツのスコアだ。
 ブラジルはユーゴスラビアに4-8で敗れたことがある。1934年、ユーゴの王制時代のことだ。しかしアウェーで、しかも親善試合だった。ワールドカップ準決勝での大敗は、ブラジルの人びとの心に大きな傷を残したに違いない。
 だが逆に見れば、ブラジルはこれまで世界のいろいろなチームを容赦なく叩きつぶしてきた国でもある。1950年のワールドカップでは、ウルグアイに1-2で敗れる「マラカナンの悲劇」に先立ち、スウェーデンに7-1、スペインに6-1と大勝で連勝している。記録に残る最大の勝利は、75年ニカラグアに対する14-0だ。
 しかしブラジルに大敗したすべてのチームが傷ついたわけではない。逆に誇りにしているチームさえある。
 いまからちょうど10年前、2004年の2月にカリブ海の小国ハイチでクーデターが発生、国連が多国籍軍を送って治安回復を図るという事態になった。民心を安定させるために国連の担当者が考え出したのが「ブラジル代表招聘(しょうへい)」だった。
 フランスの植民地時代にサッカーがナンバーワンスポーツとなったハイチ。ブラジル代表の人気が異常なほど高いのに目をつけたのだ。2002年にブラジルがワールドカップで5回目の優勝を飾ったとき、ハイチでは2日間を「国民の祝日」にしたほどだった。
 ブラジル協会は通常1億円と言われるギャラを返上、8月18日に実現したハイチ代表との対戦は、「平和の試合」と呼ばれた。
 入場券は銃器と引き換えにし、市民から武器を取り上げるという案もあった。だが逆に銃器を得るために事件が起こる危険性を考え、最終的には家族単位や学校単位で配布することに落ち着いた。
 観戦に訪れたブラジル大統領は、試合前、選手たちに「ほどほどにしておけよ」と耳打ちしたが、ブラジル代表は「世界チャンピオン」の誇りを示す見事な攻撃を続け、6-0で大勝した。
 だがハイチの人びとは傷つきも悲しみもしなかった。敬愛するブラジル代表、なかでも3ゴールを挙げたロナウジーニョの巧技を称え、誰もが幸福な気持ちで帰途についた。
 「1-7」はすでに歴史のなかのこと。ドゥンガ新監督の下、ブラジル代表は未来への歩みを始めている。

(2014年8月6日) 
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