サッカーの話をしよう
No.990 リスペクトなきピッチ
月にいちど、ある雑誌に「リスペクト」に関する記事を書いている。リスペクトの精神が表れた行動を見つけるのはなかなか難しく、毎月苦労する。
だが「リスペクトに欠ける行動」を探すのは、残念なことに簡単だ。8月20日のAFCチャンピオンズリーグ準々決勝第1戦、ウェスタンシドニー(オーストラリア)対広州恒大(中国)での終盤の出来事もその一例だ。
1点を追って迎えた後半ロスタイム、退場の判定に怒った広州のマルチェロ・リッピ監督が猛然とピッチに走り込んでモハンマド・アブドゥラ主審(UAE)に抗議し、大きな問題となったのだ。
イタリア人のリッピ監督は名門ユベントスにUEFAチャンピオンズリーグのタイトルをもたらし、2006年にはイタリア代表をワールドカップ優勝に導いた名将である。一昨年広州の監督に就任し、二年目にはAFCチャンピオンズリーグ優勝を果たした。
アジアサッカー連盟は暫定的にリッピ監督の1試合のベンチ入り禁止処分を決め、きょうの第2戦での指揮を禁じた。監督のピッチ侵入は重大な違反であり、さらに重い処分も予想される。
広州は後半ロスタイム入り直前にDF張琳芃が退場処分。ウェスタンシドニーのMFラロッカが張琳芃に対しまるで「おんぶ」するように腕まで使って背中から迫り、振り払おうとした張琳芃の右手が胸に当たる。するとラロッカは両手で顔面を覆って倒れた。
その2分後、こんどはFWビットルロドリゲスだ。広州DF劉健と競って倒れたところに劉健のサポートにきた広州FW郜林が止まりきれず接近すると、郜林が接触を避けようとよけたにもかかわらず、ビットルロドリゲスは当たってもいない顔を両手で覆い、大げさに痛がったのだ。
2選手が連続して、しかも相手の演技で一発退場。リッピ監督の怒りは理解できる。
卑劣な演技で相手選手を退場に追い込んだウェスタンシドニーの2選手には、相手選手やレフェリーだけでなくサッカーに対しても「リスペクト」の気持ちが欠落していた。
だがこれが欧州の試合だったら(選手の演技で誤審を犯す主審は欧州にもいる)、リッピ監督はピッチ内に駆け込むような行動に出ただろうか。アジアのサッカーに対するリスペクトのなさが、この行動の背景にあるように思えてならない。
演技する選手、アジアを見下す監督。残念だが、サッカーは「反リスペクト精神」に満ちあふれている。
(2014年8月27日)
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