サッカーの話をしよう
No.1004 スプレー使用の前に考えるべきこと
FKをつかみそこないゴールを許してしまったGKが、グローブを見て主審に文句を言うという笑い話が英国の新聞に出ていた。ボールの位置を示すための「バニシング・スプレー」がボールに付き、それで滑ったというのだ。
ワールドカップではことしのブラジル大会で初めて使われ、主催の国際サッカー連盟(FIFA)が「大きな効果があった」と評価したスプレーは、いまや世界の「定番」になりつつある。中南米では5年ほど前から使われていたが、ワールドカップを契機に欧州の主要リーグやアジアの各国で使用が始まった。急激な需要の増加に生産が追い付かない状態だという。
ピッチ上に観客席からも見える白い線を描き、FKのポイントや守備側が離れなければならない距離(9.15メートル)を明確にするスプレー。成分の80%は水で、描いてから1分間ほどで見えなくなるところがミソだ。
日本でも11月8日に埼玉スタジアムで行われたJリーグのナビスコ杯決勝戦(G大阪×広島)で初めて使用され、ワールドカップの開幕戦で歴史的な「スプレー初使用者」となった西村雄一主審が慣れた手つきを見せた。
「ワールドカップでも、FK時の異議はほとんどなかった。1本1500円程度で、1試合で2本用意するとしても、効果を考えればコストパフォーマンスは申し分ないはず」と西村主審は話す。
人体への影響と温室ガスの多さなどが指摘されたドイツでは導入が遅れたが、10月には使用が始まった。サッカーの面でスプレーの効果に疑問をはさむ声はほとんどないと言ってよい。Jリーグも来季からの正式導入を検討しているという。
スプレー使用でFKのときの醜いごたごたがなくなるのは間違いない。しかし私は手放しでは歓迎できない。
「すべての相手競技者は、9.15m(10ヤード)以上ボールから離れなければならない」と、ルール第13条に明確に書かれている。
しかし実際には、守備側はひとりがまずボールの近くに立って相手の素早いキックを妨害し、他の選手は7メートル程度のところに「壁」をつくる。主審は、それを下げるという作業をしなければならない。その間に、攻撃側はボールを動かして有利な角度にしようと工作する。すべてルールとその精神に反した行為だ。
スプレーはサッカー選手たちがルールに従わないことを前提に使用される。サッカーの「恥」と言っていい。スプレーで満足せず、それを必要としないサッカーであろうとする努力が急務ではないか。
(2014年12月3日)
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