サッカーの話をしよう
No.1019 YOU ARE THE REFに見る英国のサッカー文化
「第四審判がタッチラインに立ち、背番号9の選手が交代になることをボードで示した。しかし交代が完了した後に、それまでスタッフと話していたそのチームの監督が退出すべき選手が違うのに気がついた。第四審判と話すと、彼は真っ青な顔をして番号のボタンを押し間違ったことを告白した。さあどうする?」
英国『ガーディアン』紙の公式サイトに私の好きなコラムがある。タイトルは「YOU ARE THE REF(あなたはレフェリー)」。ルールに関する読者からの質問を、ポール・トレビリオンという英国きってのスポーツ漫画家が図解し、元有名レフェリーであるキース・ハケットが解説しながら回答するという形のコラムだ。
現在81歳のトレビリオンがこのスタイルの漫画を初めて書いたのは1952年、18歳のときだったという。新聞での連載が始まったのは5年後の1957年。以後、長い中断期もあったが根強い人気を保ち、2006年に週刊の『オブザーバー』紙で現在のスタイルの連載が始まった。そして2年後には姉妹紙である『ガーディアン』の公式サイトにも掲載されるようになり、日本にいる私も毎週の更新を楽しみに読めるようになった。
2010年と2013年には書籍化もされ、連載は326回にもなっている。それぞれの回には質問が3つずつ取り上げられているから、冒頭のような「濃い」ルール談義が、もう1000テーマ近く展開されていることになる。
ルール第3条には「交代は、交代要員がフィールドに入ったときに完了する」、また「交代して退いた競技者は、その試合に再び参加することはできない」とある。第四審判のミスとはいえ交代は完了してしまっているのだから、本来なら後戻りはできない。
冒頭の質問は、連載の第323回、ことしの3月6日付けの回で、フィリップ・マーサーという人が寄せたもの。解説者のハケットは「興味深い問題だ」と切り出す。
「レフェリーとして、いつでも自分自身で考え、ルールをできる限りフェアに適用できるようにしておかなければならない。技術的には交代は完了している。しかしあなたのチームの一員(第四審判)が明らかな間違いをしたのだから、ここでは『常識』を働かせ、交代のやり直しを認めるのがいいと思う」
一般のファンがこれほどまでにさまざまなことを考え、また解説者も単なるルール解説で終わるのではなく人間性あふれる自説を展開するところに、このコラムの大きな魅力がある。そしてそこに「サッカーの母国」ならではの文化の成熟を感じるのだ。
(2015年4月1日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。