サッカーの話をしよう

No.1031 なでしこジャパンは全員がMVP

 キックオフ直後の連続失点が響いて敗れた決勝戦は残念だったが、カナダで行われていた女子ワールドカップのなでしこジャパンは、優勝した4年前にも負けない印象的なプレーを見せてくれた。
 2011年にドイツ大会で優勝を飾って以来、なでしこジャパンは苦しみの4年間を送ってきた。翌年のロンドン五輪では銀メダルを獲得したものの試合内容には前年のような輝きはなく、粘り強さで勝ち上がった印象だった。
 他国が日本対策をたててくるなか、佐々木則夫監督にはそれを乗り越える明確なビジョンがなかったか、あるいはそれを選手たちに実行させる力がなかった。今大会を迎えたときチーム力はむしろ低下しており、4年間を無駄にしたのは明白だった。
 グループステージの3試合は、そうしたチーム状態そのものの内容だった。早期敗退も十分あり得た。
 しかしノックアウトステージにはいってチームは俄然良くなった。FW大野忍を中心に前線からの守備が効き、チームがコンパクトになって守備が安定するとともにパスが短く、正確になったからだ。
 圧倒的な力をもつストライカーがいるわけではない。個々の選手は体も小さく、スピードもない。コンビネーションに4年前ほどの切れ味がないからチャンスの数も多くはない。しかしチーム全員で協力しながら守り攻めるサッカーで、なでしこジャパンは勝利に値する試合を続けた。
 それを象徴するのがいわゆる「日替わりヒロイン」だ。準々決勝までの5試合で7得点してきたなでしこジャパン。その7点が、すべて違う選手による得点だったのだ。
 決勝戦の前には大会の「MVP候補」8人が発表され、キャプテンのMF宮間あやとともにDF有吉佐織が含まれていて大きな話題となった。
 しかし私は、「優勝しても日本からはMVPは出ない」と確信していた。今回のなでしこジャパンは、超人的な一人の選手に頼るチームではないからだ。そしてそこにこそ、現在のチームの真骨頂があるように思った。
 今大会後半のなでしこジャパンほど、ピッチに立った11人全員が高い意識で自己の責任を果たし、それを隙間なくつないでゲームを組み立てるチームを、私はこれまでに見たことがない。選手たちは例外なくエゴを捨て、チームの勝利だけを考えて行動し、走り、戦い、プレーした。
 これこそ、チームゲームであるサッカーの理想の姿ではないか。
 誰も突出しないチームから「MVP」は出ない。いや、なでしこジャパンは、「全員がMVP」だった。

(2015年7月8日) 
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