サッカーの話をしよう
No.1052 クラブワールドカップが始まる
いまから61年前の1954年12月13日月曜日、イングランド中部のウォルバーハンプトンで地元クラブのワンダラーズ(愛称ウルブズ)がハンガリーのホンベドを迎えた親善試合が行われた。
前年、ウルブズはクラブ所有のモリノー・スタジアムに1万ポンド(現在の感覚では1億円ほどだろうか)で夜間照明設備をつけた。サッカー場の照明は19世紀に生まれたが、イングランドでは1930年に禁止され、ようやく51年に解禁された。いち早く飛び付いたのがウルブズだった。
ウルブズは53年の秋から欧州の強豪を招いてウイークデーの夜に親善試合のシリーズを開催した。照明に映えるようにと、クラブは光沢のある絹地の特別なユニホームを用意した。その8試合目が54年12月のホンベド戦だった。
前年11月にロンドンでイングランドを6-3で下して世界に名をとどろかせたハンガリー代表の中核をなすのがホンベド。自他ともに「世界最強クラブ」と認めていた。
迎えるウルブズはこの年初めてイングランド・リーグで優勝。当然、大きく注目された。このシリーズではどの試合もスタジアムは5万5000人の観客で満員だったが、この日は特別にBBCテレビで生中継されたほどだった。
そしてウルブズは勝った。序盤に2点を許したが、後半立ち上がりに怪しいPKの判定で1点を返すと、終盤にはエースのロイ・スウィンボーンが連続得点して逆転、3-2の勝利をものにしたのだ。
狂喜したのはハンガリー・サッカーに強烈なコンプレックスを抱いていた英国メディアだ。『デイリーメール』紙は「世界チャンピオン」とウルブズを持ち上げた。この年のワールドカップ優勝こそ逃したが、ハンガリーは依然として世界最強と評価されており、ホンベドには名手フェレンツ・プスカシュを筆頭にハンガリー代表の主力が6人も並んでいたから無理もない。
だが...。「それを書くならウルブズがアウェーでもホンベドに勝ってからだろう」
2日後のパリ。英国から到着した新聞を広げてつぶやいたのはフランスのスポーツ専門紙『レキップ』編集長ガブリエル・アノだ。「しかしウイークデーに強豪クラブ同士が対戦するアイデアは面白い。世界チャンピオンとまではいかなくても、欧州の王者はそれで決められるかも...」
彼の提案から翌年誕生したのが欧州チャンピオンズカップである。5年後には南米チャンピオンを決めるリベルタドーレス杯が始まり、クラブ世界一を決める試合も誕生した。その試合はトヨタカップを経て2005年に「FIFAクラブワールドカップ」となった。2年ぶりの日本開催。明日、横浜で開幕する。
(2015年12月9日)
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