サッカーの話をしよう
No.1056 夢のバックスピンパス
夢の技術がある。「バックスピン」のかかったパスだ。
カタールで行われている男子のオリンピック予選、2戦目のタイ戦で日本の快勝の大きな要因となった前半27分の先制点。相手GKのキックをDF奈良竜樹がはね返し、MF矢島慎也がつないだボールをMF遠藤航がワンタッチで相手DFラインの裏に出す。それを追ったFW鈴木武蔵が頭のワンタッチで前に出し、次の瞬間に右足を振り抜いてゴール右隅に決めた。
鈴木のシュートは本当に見事だったが、私の目を引いたのは遠藤のパスの妙なバウンドだった。鈴木は相手DFより前に出ていたわけではなかった。普通のバウンドだったら相手が先に触れ、シュートはできなかっただろう。しかし遠藤のパスはワンバウンドすると前ではなくやや右に戻りぎみに弾んだ。それを鈴木が驚異的な反応で頭に当て、シュートにもち込んだのだ。
相手DFラインの裏へ浮き球を送るパスは難しい。弱ければDFにカットされるし、強いとバウンドしたボールがGKまで行ってしまう。だがもしボールの下側を鋭くけって「バックスピン」をかけることができれば、GKに取られずにチャンスができる。
しかし小さなゴルフボールやテニスボールをクラブやラケットで打つならともかく、サッカーボールでそんなことができるのだろうか。
そんな「夢のキック」を初めて見たのは1991年11月、日本サッカーリーグの「コニカカップ」決勝戦だった。トヨタ対本田。1-1で迎えた前半32分、トヨタのMFジョルジーニョがゴール正面からけったFKは相手DFラインの裏に落ち、ブレーキがかかるように戻った。走り込んだMF江川重光がこれを拾ってゴールにけり込んだ。
現在札幌でプレーするMF小野伸二は日本サッカー史上最高のテクニシャンだ。2001年、札幌ドームでの日本代表対パラグアイ戦。彼は相手ゴールに向かって自陣から左足で40メートルのパスを送り、FW柳沢敦の先制点をアシストした。GKチラベルトはロングパスをけり返そうといちどは前進したが、バウンドを見て慌てて戻ろうとした。しかし間に合わなかった。
小野はワールドカップでも夢の技術を見せた。2002年大会初戦のベルギー戦。このときは右足で自陣から相手陣深くに40メートルを超すパスを送った。走り込んだのはFW鈴木隆行。ワンバウンドして戻るボールを、いっぱいに伸ばした右足のつま先で流し込んだ。
遠藤は意図的にバックスピンをかけたのか、それともピッチ状態によるものだったのか―。だがともかく、相手DFから逃げるように絶妙に弾んだボールは、オリンピックへの夢を大きく引き寄せた。
(2016年1月20日)
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