サッカーの話をしよう
No.1072 ロアッソが示した人間の強さと気高さ
まだ駆け出しのサッカー記者だったころに大先輩記者の実家が火事で焼けて隣家も類焼するという出来事があり、翌日お見舞いに行った。
「面目ない」
後片付けの手を休めると、大先輩記者はそう言って頭を下げた。その言葉と態度に強い感銘を受けた。人間の本当の価値は、大きな困難や試練にあったときにどんな態度をとるかで決まる―。そんなことを教えられた気がした。
まだ余震が止まず、避難している人が1万人近くもいる熊本地震。避難生活を送る選手たちが何人もいるJ2のロアッソ熊本が、5月15日、約1カ月ぶりに試合のピッチに戻った。ジェフ千葉とのアウェーゲーム。千葉市のフクダ電子アリーナには1万4163人もの観客が詰め掛け、千葉のサポーターもロアッソの選手たちに拍手を送った。
この1カ月間、FW巻誠一郎を中心にしたロアッソの選手たちの行動と態度は、まさに人間としての偉大さを示すものだった。他クラブから練習施設提供などの申し出を受けながら被災地に留まることを決め、支援活動に奔走したのだ。チーム練習を再開したのは最初の地震から2週間半を経過した5月2日。その後も、練習が終わると精力的に避難所などを回って支援活動を続けてきた。
「フクアリ」のピッチに立った選手たちの顔には、強い決意が表れていた。
「なんとしても勝ちたい。勝って元気を届けたい」
その気持ちは、そのままプレーとなった。キックオフ直後から、巻はまるで後半44分で1点差を追っている選手のように戦った。MF清武功暉のシュートはわずかセンチのところで相手GKに防がれた。
だがこの世界で簡単に「おとぎ話」が生まれるわけではない。0-0で迎えた後半11分、千葉のシュートミスが絶妙なラストパスとなってついにゴールを割られた。29分にはGKのミスから2点目も許し、勝負はついた。
それでもロアッソの選手たちはあきらめなかった。DF蔵川洋平が力を振り絞って突破し、清武は両足がつってもボールを追った。
私が最も強い感銘を受けたのはGK畑実の態度だった。自らのミスで2点目の失点。益城町出身の畑の脳裏にどんな思いがめぐっただろう。だが彼は表情を変えなかった。寄ってきた巻が言葉をかけて肩を叩く。その間も、原はしっかりと顔を上げていた。
そこには本当の強さがあった。そしてそれは、大きな困難や試練にいまも真っすぐに立ち向かっているロアッソの選手たち全員から感じられるものだった。人間としての強さや気高さを示した試合。それはきっと、被災地だけでなく、日本中に伝わった。
(2016年5月18日)
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