サッカーの話をしよう

No.1077 驚愕のPK「パネンカ」

 ペナルティーキック(PK)を得たベネズエラ。MFセイハスが軽く浮かせてゴール中央にける。GKを先に跳ばせ、空いたところに決める狙いだ。だがアルゼンチンGKロメロは立ったまま。力なく浮いてきたボールを、ロメロは楽々とキャッチした...。
 アメリカで開催されている南米サッカー連盟主催「コパアメリカ」の準々決勝。このPK失敗が響いたのか、ベネズエラは1-4で敗退した。
 セイハスのPKには「パネンカ」という名前がある。サッカーで技に個人名がつくのはきわめて珍しい。
 いまフランスでは24チームで欧州選手権が争われているが、40年前、1976年の欧州選手権決勝大会は出場わずか4チーム。5日間で準決勝から決勝までを戦う「ミニ大会」だった。6月20日の決勝戦でチェコスロバキアが世界チャンピオン(1974年ワールドカップ優勝)の西ドイツと対戦。そのチェコのMFが、アントニン・パネンカだった。
 西ドイツにはDFベッケンバウアーなど世界的な選手がいたがチェコは2-2で延長戦を終える。そしてメジャーな国際大会では初めて、PK戦で優勝が争われることになる。
 その4人目で西ドイツのヘーネスがゴール上に外す。チェコは5人目が決めれば初のビッグタイトルだ。そこに登場するのがパネンカである。
 ボールを置き、ペナルティーエリア外まで下がるパネンカ。主審の笛を待ち、長い助走を一気に走る。そして最後の一歩を踏み込む直前に体をわずかに右に開く。西ドイツGKマイヤーが思い切り右に跳ぶ。だがパネンカは右足のスイングを急激にゆるめて軽くボールを浮かし、ゆっくりとゴール中央に送り込んだ。
 この重要な場面でこの余裕のキック。誰もが驚愕した。
 4年後、8チーム出場となった欧州選手権の3位決定戦で、彼は再びPK戦の舞台に立つ。また「パネンカ」がくるのではないかと疑心暗鬼のイタリアGKゾフ。だが彼は右足を振り抜き、右上隅に強いシュートを突き刺した。
 その後、多くの選手が「パネンカ」を試みた。2006年ワールドカップの決勝戦では、フランスのジダンが見事な「パネンカ」で先制した。もちろん、ベネズエラのセイハスのようにみじめな失敗に終わった(失敗すれば当然笑い物になる)選手もたくさんいる。
 最近は「パネンカ」を含めゴール中央にけるPKが増えている。詳細に数えたわけではないが、3回にいちどほどの割合ではないか。ならばGKはアルゼンチンのロメロのように真ん中に立っているのがいいと思うのだが、なぜか大半のGKが「読み」あるいは「ヤマ勘」に頼り、どちらかに跳んでしまう。

(2016年6月22日) 
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