サッカーの話をしよう
No.1078 EU、12の星の下で
初めて「EU(欧州連合)旗」を見たのは、1990年ワールドカップをイタリアで取材していたときだった。ナポリの丘の上の古城。その頂上に、青地に12の星が円形に並ぶ旗が翻っていた。
「2年後には、ヨーロッパは本当にひとつになるんだ」
居合わせたドイツ人観光客が誇らしげに話してくれた。
EEC(欧州経済共同体)やEC(欧州共同体)と呼ばれていたこの当時の加盟国は12。星の数は加盟国数と思っていた。だがこのデザインは6カ国によってEECが設立される1957年以前からあり、加盟10カ国だった1985年に正式採用されたものだった。
そして経済面だけでなく多くの面で加盟国が一体となったEUの成立(1993年)後も、さらに加盟28カ国に拡大した現在も、そのままの形で使われている。「12」という数字は、完全無欠さ、幸運、永遠を表しているという。
そのEUから主要国のひとつである英国が離脱することが国民投票で決まった。開票結果の現地速報の直後から株式市場や為替相場が大幅に動き、実際の離脱にはまだ年月はかかるというのに、世界に与えた衝撃は大きかった。
当然、サッカーへの影響もある。現在世界で最も多くのスター選手を擁し、華やかなだけでなく信じ難いほどの収益を挙げているイングランド・プレミアリーグを頂点とした英国のプロサッカーも、EUから離脱することにより、外国籍選手のプレーの可能性が減ると言われている。
現代のプロサッカーにとってEUの存在は大きい。1995年の「ボスマン判決」である。EUの最高司法機関が下したひとつの判決が、プロサッカー百年の歴史を変えた。
EU域内のプロリーグで他の国籍の選手の登録を制限してはいけないという決定は、世界中からスターというスターをかき集める「超ビッグクラブ」を生んだ。クラブが契約満了後も選手を拘束できる「保有権」という悪慣習を違法とする判決は、その後世界中に広げられ、クラブの所有物同然だったプロ選手を自由な身分に解放した。
ボスマン判決と前後してテレビのデジタル多チャンネル化の時代が訪れ、それまでのプロサッカーでは考えられなかった巨額がテレビ業界から舞い込むようになる。そして欧州のサッカーは空前の繁栄時代を迎えるのである。
そのEUから、英国が抜ける。EU旗の星の数が減るわけではない。だが「完全無欠さ」は大きく損なわれる。フランスやドイツなど主要国の国民にも「反EU」の空気が広がっているという。四半世紀前のボスマン判決のように、英国のEU離脱は、世界のサッカーの新たな変わり目になるのだろうか。
パリ (大原智子撮影)
(2016年6月29日)
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