サッカーの話をしよう

No.1087 空振りの理由

 「なんでなんかなあ」
 試合後、日本代表MF本田圭佑はそうぼやいた。ワールドカップ予選タイ戦(6日、バンコク)での「空振り」のシーンである。
 前半24分、中央にいたFW浅野拓磨が左に走る。タイミングを逃さずに左DF酒井高徳からパス。浅野は相手を背中でブロックしながら縦に抜け出し、左足でゴール前に低く強いボールを通した。
 タイGKがボールに飛び付くが止められない。右からはいった本田はフリー。目の前にはがら空きのゴール。だがボールは合わせようとした左足インサイドの前をすり抜け、逆サイドに転がった。
 ミスの原因は明らか。左からのボールに対して左足で合わせようとしたことである。
 本田の利き足は左である。試合中大半のボールを左足で扱い、その左足から数多くの得点を生み出してきた。2010年ワールドカップのデンマーク戦で決めた約37メートルの直接FKは、日本サッカーの輝かしい金字塔のひとつだ。
 タイ戦、本田の頭には2012年6月のオマーン戦の先制点がよぎったかもしれない。難攻不落と言われたGKハブシを破ったのは、DF長友佑都の左クロスに合わせた本田の左足インサイドボレーだった。だが長友のパスは浮き球で、本田には体を開いてボールに合わせる時間があった。タイ戦の浅野のクロスはスピードのあるグラウンダーだった。
 左からの速いボールに、本田は左足のインサイドで合わせようとした。リプレーを見ればわかるが、ボールのコースに対して本田の左足はほぼ90度でけることになる。とても難しい技術だ。右足のインサイドで「面」をつくるように合わせていれば、角度は45度になり、ボールははるかにとらえやすかっただろう。
 クロスパスをワンタッチでシュートしようとするとき、右から送られたボールなら左足で、左からなら右足でとらえるのは基本と言ってよい。Jリーグでも日本代表でも、利き足を振り回して空振りやシュートのコースが大きくずれてしまうシーンが珍しくないのは、驚くべきことだ。
 本田をはじめトッププロたちは、練習では同じ状況でも平然と左足で合わせて決めているのだろう。だがより確実なのは右足を使うこと。細かな基本をおろそかにしたことが「空振り」の原因だった。
 日本がバンコクで戦った同じ日、オーストラリアは酷暑の中東アブダビでUAEと対戦、0-0で迎えた後半30分に左からのクロスをFWケーヒルが右足で合わせて1-0の勝利。予選2連勝を飾った。ケーヒルは右利き。本田を彼と比較するのはフェアではない。だが絶好のチャンスを決めるか決めないかの差は天国と地獄のように大きい。

(2016年9月14日) 
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