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No.1090 GKの基本が生んだ『奇跡のセーブ』
フランス北西部にあるアマチュアクラブのゴールキーパー(GK)が見せた「信じられないPKストップ」が話題になっている。動画サイトに「バンヌGK」と入れて検索すると簡単に見つかる。
3部まであるプロリーグの下に設けられたアマチュアリーグ2部に属するバンヌOCというクラブが10月1日に行ったTAレンヌ戦。2-0のリードで迎えた後半25分、レンヌにPKが与えられる。
キッカーはドレスラン。慎重に呼吸を整えてキック。ボールは右に跳んだバンヌGKジャンフランソワ・ブデニクの逆をついたが、ポストの内側からはね返ると、立ち上がろうとしたブデニクの背中に当たって高く舞い上がる。
いち早く反応するドレスラン。走り込み、高く跳んでヘディング。ブデニクがこれを左足ではね返すと、ボールはゴールに詰めてきたランヌのデュリングの体を直撃、三たびゴールを襲う。だがこれをブデニクはほとんどひざまずいた状態から跳ね、体を伸ばして両手で叩き出した。
まさに「信じられない」スーパーセーブ。しかしよく見るとブデニクはただ基本に忠実にプレーしただけだった。
ドレスランがヘディングしたのはゴールからわずか5メートルの地点。だがこの絶体絶命の状況でもブデニクは相手に正対して両膝を軽く曲げて両足をグラウンドにつけ、両腕もひじを軽く曲げた形で下げていた。どこにも力のはいっていない自然体。だからこそ自分の足元に叩きつけられたボールに自然に体が動いた。
より難しかったのは次のボールだった。足でのクリアの動きでブデニクは左に倒れかけていたからだ。だがここでも彼はひざまずきながらも上半身を立てて相手に正対していた。返ってきたボールに対応できたのはそのためだ。
GKの基本は、「シュートの瞬間に両足で立っていること」に尽きる。どこにくるかわからないシュート。コースを見て反応する時間などなくても、両足で立つ「自然体」なら反射的に体が動く。
最近のGKはシューターに思い切り突っ込む。ブロックできることもある。だが才能のあるシューターにとって、飛び込んでくるGKは格好の「餌食」と言ってよい。前に出る動きは左右への動きを極端に悪くするからだ。少しコースをずらせて足元に転がしてやれば、簡単にゴールに流し込むことができるのだ。
現在はアマチュアリーグでプレーしているが、37歳のブデニクはフランスだけでなくスイスやギリシャのプロ1部でもプレーした経験豊富な選手である。「奇跡のセーブ」は、20年間以上積み重ねてきた基本練習のたまものだったに違いない。この後、バンヌはPKを得てそれを決め、3-0で快勝した。
(2016年10月5日)
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