サッカーの話をしよう

No.1091 ヘディングもパスのうち

 先週のワールドカップ予選でイラクを相手に日本代表が苦しんだ原因のひとつが、ヘディングの弱さだった。
 最後の最後に相手を追い詰めて決勝点が生まれる素地をつくったのが189センチの長身DF吉田麻也のヘディングだったのは、サッカーという物語の不思議な「あや」。それまでの90分間、日本はヘディングで苦しみ続けた。
 競り合いの話ではない。日本の攻撃陣に入れられたロングボールはことごとくと言っていいほど相手守備陣にはね返されたが、それは仕方がない。小柄な日本の攻撃陣にロングボールを多用した戦術自体に問題があった。
 より大きな問題は、相手と競り合うのではなく単独でヘディングするときに味方に渡る率が恐ろしく低いということだ。ただ頭に当てて前に飛ばすだけのヘディングがあまりに多い。落下点に味方がいるか相手がいるか、ボールに聞いてくれというようなプレー。日本代表に限らず、Jリーグから少年まで日本のサッカーに共通する欠陥である。
 「日本人に適したスタイルを確立しよう」と、過去20年間、指導者たちは連係プレーに磨きをかけてきた。パススピードが国際レベルに達していないという批判はあるが、ワンタッチ、ツータッチでのパス技術、ボールをもっていない選手の動きを組み合わせて3人、4人がからむパスワークは、どの年代も世界のトップレベルにある。
 そうしたパスサッカーの主役がインサイドキックだ。足の内側を使うキック。最も正確なプレーができ、速いテンポのパスワークには欠かせない。トップスピードで前方に走っていく味方にぴたりとつけるパス、ワンタッチで2本、3本とつなぐパス...。最も基本的な技術だが、同時に現代サッカーで最も重要な技術がインサイドキックなのだ。
 ただ味方に渡すだけではない。次のプレーを考えて相手の右足につけるのか左足か、受ける味方に相手を詰め寄らせない速いパスか、それとも相手に食いつかせる遅いパスか...。そうしたハイレベルなインサイドキックを使いこなす技術が、日本のサッカーの強みであるのは間違いない。
 ところがボールを頭で打つことになると、満足に味方に渡すことさえできない。身長やジャンプ力の問題ではない。世界最高レベルのインサイドキックとアジアでも低レベルのヘディング。極端なアンバランスを招いたのは、少年からの指導に「ヘディングもパスのうち」という意識が欠けているためだろう。
 「1本のパス」の質の積み重ねが勝負を決める。ヘディングでの1本のパスがどうでもいいはずがない。日本のサッカーを挙げての取り組みが必要ではないだろうか。

(2016年10月12日) 
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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