サッカーの話をしよう
No.1097 近づくビデオ判定
メッシのような天才でなくても、サッカー選手はひょんなところで歴史に名を残す。
1995年に欧州連合(EU)の裁判で勝訴、その後の世界のプロサッカーを変えたジャンマルク・ボスマン(ベルギー)が好例だ。そしてオランダの「ウィレム二世」というクラブに所属するオランダ生まれのモロッコ人MFアヌアル・カリ(25)も、その1人になるかもしれない。
9月22日に行われたオランダ・カップの1回戦で、カリは後半13分に退場処分になった。ダニー・マケリエ主審はアヤックスのMFラッセ・シェーネに対するカリのタックルにイエローカードを出したが、ビデオ・アシスタントレフェリー(VAR)のポル・ファンベッケマデのアドバイスに従ってその判定を変え、レッドカードを出したのだ。
サッカーのルールを決める国際サッカー評議会がVARの試験導入を認めたのがことし3月。いくつかの国がその試験への参加を承認され、8月のアメリカ3部リーグに続き、この日にオランダ・カップの2試合で実施された。
スタジアム外に停車したバンにつくられたビデオ検証室に陣取ったVARは「得点」「PK」「退場」「警告・退場の人違い」など試合結果にかかわる重大な判定を複数角度の映像で検証、無線で主審にアドバイスを送る。主審がアドバイスを求めることも、VARが注意を喚起することもある。さらに進むと、ピッチサイドに用意された端末で主審が映像を確認し、最終判断を下すこともある。
ボールがゴールラインを越えたかどうかを正確に判定する「ゴールラインテクノロジー(GLT)」、両ゴール裏に新たに副審を配置する「追加副審(AAR)」(ともに2012年に正式認可)を超え、究極の誤審回避策として注目されるVAR。国際サッカー連盟自体(FIFA)も9月以降の欧州での国際親善試合を使って2回の試験導入を行ってきた。さらに12月には、日本で開催されるFIFAクラブワールドカップの8試合でテストが実施される。
この大会に向け、6つの地域連盟からそれぞれ1チーム(主審1人、副審2人)の審判団が選出されたが、各チームに1人ずつVARがつくことが発表されている。アジアから選ばれた主審はバーレーンのナワフ・シュクララだが、過去2回のワールドカップで計9試合主審を務めた経験豊富なラフシャン・イルマトフ(ウズベキスタン)がVARとして支援する。
一般観客にはもちろん、メディアの目にもまったく触れることのない完全な「黒子」のVAR。単発の試合としてではなく、初めて集中的な大会で行われる試験導入。サッカーでも「ビデオ判定」の時代は確実に近づいている。
(2016年11月30日)
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