サッカーの話をしよう
No.1098 シャコペエンセの悲劇
先週末、世界中で行われた何千もの試合で、選手たちが喪章をつけてプレーした。11月28日に飛行機事故で亡くなったブラジルのクラブ「シャペコエンセ」の選手、役員、同行報道関係者など、71人を追悼するものだった。
28日朝、サンパウロの空港に現れたシャペコエンセの選手たちの表情は輝いていた。
前日、アウェーでパルメイラスと対戦し0-1で敗戦、目の前でブラジル・セリエA優勝を決められた。しかし一夜明けて向かうコロンビアのメデジンで2日後に行われる第1戦と1週間後のシャペコでの第2戦を勝ち切れば、南米タイトル「コパ・スダメリカーナ」を獲得できる。1973年創立、ブラジルのトップリーグに昇りつめたのがわずか3年前のシャペコエンセにとって、それはまさに「歴史をつくる旅」だった。
クラブが選んだのはボリビアの「ラミア」というチャーター便会社。設立されて1年にも満たない航空会社で、英国製の中型ジェット旅客機を2機所有するだけなのだが、猛烈な営業力でプロサッカーチームに食い込み、アルゼンチン代表や数多くのクラブを運んで急速に名を成した。
だがブラジルの航空当局はボリビアの会社によるブラジルからコロンビアへの直行便の許可を出さず、チームはまず定期便でボリビアのサンタクルスまで飛び、そこからラミアのチャーター便でメデジンに向かう計画に変えた。そして午後10時過ぎ、「ラミア2933便」はメデジン空港まで20キロの山中に墜落した。
プロチームは試合のために旅行をしなければならない。航空交通があるから現代のプロサッカーが成り立っていると言っても過言ではない。
現在、地球上では毎日10万もの便が空を飛んでいるという。国際航空運送協会(IATA)の発表によると、航空機事故は2010年代にはいって減少の傾向にあり、年間3780万便が飛んだ2015年には、事故が68件で、そのうち死亡事故が4件だった。しかし「3780万分の4だから安全」と言えるのか―。
決勝戦の対戦相手コロンビアの「ナシオナル」の要請により、南米サッカー連盟はシャペコエンセの優勝を認定した。何人もの世界的な有名選手が引退を撤回しこのクラブでプレーしたいと表明した。ブラジルの主要クラブは選手を無料でシャペコエンセに貸し出す方針を決め、同時に今後3年間はこのクラブを降格の対象にしないことを協会に求めた。そして世界中のチームや選手が、腕に巻いた黒い喪章で深い悲しみを表した。
はからずも世界中のサッカーファミリーの心をひとつに結びつけたシャペコエンセ。しかし失われた命に見あうものなど、何もない。
(2016年12月7日)
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