サッカーの話をしよう
No.1103 新国立競技場に鹿島?
年末年始で最も驚いたニュースは、2020年の東京五輪のために建設されている新国立競技場をJリーグのクラブのホームスタジアムにしたいという話だ。12月30日に『スポーツ報知』が伝えた。
同紙のサイトによると、取材を受けた政府関係者は「Jリーグのクラブが東京23区内に存在しないのは今後のサッカー界の発展につながらない。一からクラブをつくるのが難しいのであれば、既存クラブの移転が可能かどうかも検討している」と語ったという。そして候補として首都圏のクラブが有力であり、鹿島アントラーズとFC東京の名が挙がっているとする。
Jリーグとの話し合いはこれからのようだが、「どうしたら国立競技場をJリーグクラブのホームにできるか」という話ではなく、最初から特定のクラブの「移転」を示唆していることにあぜんとする。鹿島の名が出てきたのは、年末のFIFAクラブワールドカップでの活躍から思いついたのだろうか。
Jリーグのクラブは単なる「プロ球団」ではない。それぞれ「ホームタウン」とする地域に立脚し、地域の人びとに支えられて活動している。
そもそも鹿島アントラーズというクラブは、鹿島地域に巨大工場をもつ住友金属が地域の活性化のために1992年にプロサッカークラブを設立、その理念に賛同した茨城県がスタジアムを建設して生まれたものだ。若者を中心とした地域の人びとの熱いサポートに応えようと選手たちが奮闘し、これまでにJリーグ8回を含む19ものビッグタイトルを獲得してきた。
たとえて言えば、鹿島アントラーズはこの地域に大きく根を張った「巨木」であり、地域から与えられる栄養や水分への感謝として、大きく広げた枝葉で地域に潤いと喜びを返している存在なのだ。無理やりどこか別の地域に移そうとすれば巨木は枯れ、地域も無味乾燥な工場地帯へと戻ってしまうだろう。
FC東京も同様だ。このクラブは2001年にスタジアムが完成するのを待って練習場を小平市につくり、調布市など東京西部で地道にファン層を広げる活動を続け、地域と深く結び付いてきた。「もっと大きく新しい家ができたからこっちに越してきて」と誘っても、地域のなかに生まれた絆を簡単に断ち切ることなどできるはずがない。
新国立競技場をホームとするクラブができるということ自体はすばらしい。しかしそれは、すでにそれぞれの地域に根を張っている既存の人気クラブを引き抜いてくることではない。地域との深い結び付き、互いに努力を積み重ねた「歴史」を奪うことなど、誰にも許されない。
(2017年1月11日)
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