サッカーの話をしよう
No.1118 天狗の羽うちわの話
競技規則にひと言も言及がないのに必ず着用されている用具がある。ゴールキーパー(GK)のグローブである。
昨年9月のルヴァンカップの試合で、FC東京のGK秋元のグローブに何かの不具合があり、プレーが切れるのを待って主審に交換を申し入れた。主審はそれを認め、約1分半の中断が発生した。
現代のGKはまるで「天狗の羽うちわ(ヤツデの葉)」のように大きな手をしている。いや、大きいのは手ではない。グローブだ。特殊な合成樹脂を手のひら側に大きく付け、まるでボールが吸い付くようにキャッチできる。実際、新品のボールとグローブなら、つかまなくても手のひらを下に向けただけではボールは落ちないらしい。
世界で最初にグローブをつけたGKはニュルンベルクのシュトゥルファウスという1920年代のドイツ人選手だったという。うなぎをつかむ布製の手袋をヒントにして、雨の日に滑りやすいボールへの対策として粗い編みのウール製の手袋を用いた。
1960年代に世界ナンバーワンと言われたヤシン(ソ連)は黒い皮手袋で一世を風靡(ふうび)した。この黒手袋に何か秘密があるのではと考えたユーゴ人GKは、試合後に手袋の交換を求めたという。
だが本格的なGK用のグローブが誕生して必需品になっていくのは、1970年代にはいってからのことである。西ドイツ代表GKマイヤーが不自然なほどに大きなグローブをつけてワールドカップ優勝に貢献した。テレビ時代にはいっていたこともあり、あっという間に世界に広まった。
雨の練習後ボールをタオルで拭いていたとき、彼はパイル地がボールに引っ掛かるのに気づいた。そこでメーカーにパイル地でグローブをつくるように依頼、メーカーがさらにボールをつかみやすい素材を探し出し、しかもその素材を指の倍ほどの幅にしたことで人目を引くグローブが完成した。そのグローブを求めて、あるイングランドのGKがわざわざドイツまで行ったという伝説まで残っている。
「ボールが吸い付く合成樹脂」は小さな汚れで機能が劣化する。JリーグのGKたちは試合ごとに新品のグローブを用意する。
だが最近の試合を見ていると、「グローブ以前」の問題をかかえるGKが多すぎるように感じられてならない。相手のシュートを止める基本は両足を地面につけていることなのに、シュートの直前に変なジャンプをする癖がついたGKが多すぎる。その結果、動きが遅れ、やすやすとゴールを破られてしまう。
グローブにはケガを予防する意味もあるのだが、グローブより自らの足を頼りにするGKになる必要がある。
(2017年4月26日)
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