サッカーの話をしよう

No.1120 主審の決定は最終

 「プレーに関する事実についての主審の決定は、得点となったかどうか、また試合結果を含め最終である」
 サッカーの競技規則(ルール)第5条(主審)に明記されているこの条項。私は、サッカーという競技で最も重要な規則だと思っている。競技規則の文章は昨年大幅に書き替えられたが、この条項については、一言一句、旧競技規則のままだ。
     ☆
 ウルグアイのサッカーが正式にプロ化されたのは、第1回ワールドカップで優勝を飾った2年後の1932年のことだった。だがそのリーグは混乱の連続だった。クラブは得点に疑義があったときには「判定委員会」に訴えることができたからである。
 主審が認めた得点が有効かどうか、また反則などの理由で主審が認めなかった得点が本当に無効なのか、そしてその結果どちらのチームが勝つことになるのかも、週明けに開催される委員会の結果を待つしかなかった。「主審の決定は最終である」という競技規則の考え方がようやくこのリーグにも採り入れられたのは1936年のこと。プロ化後初めて、ファンは試合終了とともに勝敗を知ることができるようになったという。
 サッカーの誕生は1863年。最初の競技規則には審判員に関する記述はない。この当時は、対戦する両チームから1人ずつ「アンパイア」と呼ばれる人が出て2人で試合を裁いていた。しかしほどなく勝負が激しくなり、2人の意見が対立する事態が増えてくる。そのとき両チームは、スタンドにいる最も良識がありそうな人に最終判断を委ねることになる。当時の「紳士」たちは、たいてい黒いフロックコートを着てステッキをもっていた。
 やがて彼は黒い服のままピッチに降りて判定を下すようになり、2人のアンパイアは「線審(現在の副審)」となる。本来は「委ねられた者」という意味の「レフェリー」がサッカーの主審を意味するようになるのは、こうした経緯による。競技規則に「レフェリー」という言葉が現れるのは1891年のことだ。
 この関係は、今日のサッカーでも変わることはない。対戦する2チームだけでは試合は進まないから、第三者である主審に判定を委ねる。だから主審の決定は最終なのだ。非常にシンプルな話だ。来年にはビデオ副審の正式導入が決定的と言われるが、どんな科学技術も最終決定を下すわけではない。最終的には主審が納得して自ら決定を下す。
 「レフェリー」が誕生したときからその決定は「最終」だった。プロリーグ初期のウルグアイの混乱など、誰も繰り返したくはないはずだ。

(2017年5月17日) 
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