サッカーの話をしよう
No.1121 『15歳の天才』を守れ
後半14分に交代でピッチにはいって数十秒後、最初のボールタッチだった。
DF中山から縦パスを受ける。大柄な相手センターバックが迫ってくるが、彼には何の緊張もない。彼がボールを止めた瞬間に左横にいたFW小川が縦に動き出す。
だが彼が選んだのは小川へのパスではなかった。小川をマークする相手DFの背後のスペースへのソフトなパス。相手DFは背中に通されたパスにバランスを失い、スピードを上げた小川が一気に抜け出す。シュートはGKにブロックされたが、息をのむような瞬間だった。
その13分後には、彼とMF堂安とのワンタッチパス交換から堂安の鮮やかな決勝点が生まれる。相手ペナルティーエリア内でのスピード感あふれる攻撃は、まさに日本サッカーの理想像だった。
「彼」とはもちろん、U-20(20歳以下)日本代表のFW久保建英である。現在韓国で行われているU-20ワールドカップに出場している。その初戦、南アフリカ戦で、久保はいきなり天才ぶりを見せつけた。2001年6月4日生まれの15歳。まだ体は細いが、高い可能性をもった選手であるのは間違いない。
左利きでドリブル突破に長け、南アフリカ戦の2プレーでわかるようにパスのセンスも抜群。さらに得点力も併せもつ。所属のFC東京では主にU-23チームでJ3に出場し、4月のC大阪U-23戦では角度のないところからとんでもないゴールを決めた。
だが世界のサッカーを見れば、15歳の天才がその才能を開花させられずに消えていく例はいくらでもある。1991年にガーナをU-17ワールドカップ優勝に導いたニイ・ランプティは「新しいペレ」とまで呼ばれた天才児だったが、20歳を過ぎたころには忘れられた存在になっていた。
ランプティの才能を殺したのは自分のもうけしか考えない悪徳代理人だったが、現代のサッカーを取り巻く社会には「15歳の天才」の足を引っ張る「罠」がいくつでもころがっている。そのひとつが、不釣り合いな持ち上げ方でスターづくりに励むメディアであるのは間違いない。
持ち上げるだけ持ち上げておき、結果が出なくなると手のひらを返したようにたたき落とすのがメディアの常とう手段である。そうした「メディアの罠」から少年を守るために、クラブと日本サッカー協会が手を組む必要がある。
大事なのは「15歳で天才」であることではない。彼がもてる才能を最大限伸ばし、輝きに満ちたサッカー人生を送るとともに、日本のサッカー史を書き替えるような業績を残してほしいと願うだけだ。そのためにも、サッカー界を挙げた協力態勢が必要だ。
(2017年5月24日)
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