サッカーの話をしよう
No.1131 準備で働いたチームが勝つ
東京都女子サッカーリーグの試合のためにようやく確保できたグラウンドが7月30日の午後1時。熱中症対策を万全にして臨むことにした。
だが前夜は豪雨。朝方になって雨が止んだが、グラウンドに行ってみると、ところどころに水たまりがある。テントなどの準備のために早めに集まった両チームは、蒸し暑さが高まるなか、会場設営だけでなく、協力して水たまりの水を周囲に散らし、そこに土を入れる作業を行った。試合に出る選手たちがである。
チームの別などなく、黙々と働く彼女たちの姿を見て、「駆け出し記者」時代のことが急によみがえった。40年以上前の話である。
日本サッカーリーグの入れ替え戦が予定されていた前夜、「10年ぶり」という大雪が降った。取材に向かう新幹線も大幅に遅れた。
「行っても延期になるかもしれない」と思いつつキックオフ予定時刻ぎりぎりにグラウンドに到着すると、ピッチは大半が真っ白で、ホームチームの選手たちが懸命に雪かきをしている。その数時間前に雪が止んだので、チーム関係者総出で作業を始めたという。積雪量は20センチだった。
プレーしているときは窮屈に感じるが、雪かきなどの作業をするとサッカーグラウンドはとてつもなく広い。ピッチ内だけで7140平方メートル。芝生を守るために機械など入れられないから、すべて手作業で行う必要がある。平地だから雪は重く、作業をしていると汗でぐっしょりになる。
雪がすべて出されて、ようやくピッチが現れたのがキックオフ予定時刻から2時間も過ぎた午後3時過ぎ。試合は3時45分キックオフ、後半はナイターとなった。
この試合は1部最下位チームホームでの第1戦だった。戦前の予想では、2部で圧倒的な強さを見せて優勝したチームが有利とみられていた。
試合前、5時間近くの「重労働」でホームチームの選手たちの表情には疲労の色が見えた。彼らが懸命に雪かきをしている間、ビジターチームはグラウンドを見渡す暖房の効いたティールームで雑談に花を咲かせていたのだ。
だが勝ったのはホームチームだった。疲れてはいただろうが、気迫でまさり、当たり勝った。前半終了間際に得たPKのチャンスをしっかりと決め、1-0で勝ちきってしまったのだ。そして1週間後のアウェーでも勝ち、1部の座を守り抜いた。
この経験から、私はよく選手たちを「試合前に準備で働いたチームが勝つ」と励ますのだが、先週の真夏の試合では、両チームの選手がいやな顔ひとつ見せず協力して作業を行ってしまった。結果はともかく、集中した好試合になったのは言うまでもない。
(2017年8月2日)
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