サッカーの話をしよう
No.1135 やるしかない
「あの試合」を前に、私たちはどんな心境だっただろうか―。1997年11月1日、ソウルでの韓国戦である。
ワールドカップ・フランス大会への出場権を目指し、日本代表は苦闘を強いられた。最終予選半ばで加茂周監督が解任され、岡田武史コーチが昇格したのが4週間前。だがその後も勝てずに出場圏外の3位のまま。前週には勝てば2位になれたUAE戦で引き分け、一部のファンが試合後の国立競技場で暴動を起こして、さらに暗たんとさせた。
5勝1分けの韓国はUAEと日本が引き分けた時点で早くも首位を確定し、出場権を決めていた。日本は残る韓国戦とカザフスタン戦に連勝し、2位のUAEが2試合で勝ち点を落としてくれるのを祈るしかなかった。だがとにもかくにも、ソウルで韓国に勝たなければ始まらない。
「可能性がある限りあきらめずに戦う。やるしかない」
岡田監督は短く語った。
だがソウルでの前日練習では、日本チームの練習の周囲で何千人もの警察官が翌日の警備の予行演習を行い、ときおり何百人もが重装備のまま地響きをたてて選手たちの横を疾走した。日本のメディアはすでにUAEと引き分けた時点で絶望論を展開していたが、この威嚇的な雰囲気がさらに空気を重くした。
それをがらりと変えたのは、日本が勝つことだけを信じて蚕室競技場の北側スタンドを真っ青に染めた8000人ものサポーターだった。選手たちもそのスタンドを見上げて吹っ切れた気持ちになったに違いない。恐れを断ち切って奮闘し、見事2-0の勝利を収めた。翌日、UAEが引き分けて日本は2位に浮上した。韓国戦の勝利こそ、ワールドカップ初出場へのスプリングボードだった。
来年のワールドカップ・ロシア大会への出場権を懸けたオーストラリア戦がいよいよ明日に迫った。全10節の最終予選も残り2節。第8節終了時で日本は首位だが、ともに勝ち点16の2位サウジアラビア、3位オーストラリアとの差はわずか1。最終節はアウェーのサウジアラビア戦。どちらかに勝たないと3位に落ちる可能性が高い。
アジア・チャンピオンで世界レベルのフィジカルを誇るオーストラリア。日本より休養日が2日長いうえに時差もないUAEで第9節を戦うサウジアラビア。日本には、6時間の時差と酷暑のジッダという難敵もある。「ひとつ勝てばいい」といっても、けっして容易な状況ではない。
だが1997年の韓国戦を前に岡田監督が語ったように「やるしかない」。目前の試合に集中し、恐れず戦うしかない。そして1997年と同様、サポーターの心からの信頼と力強い声援が、その大きな力となる。
(2017年8月30日)
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