サッカーの話をしよう
No.1159 早すぎるVAR正式導入
「私は機械になります」
初出場の2010年ワールドカップを前に、相楽亨副審はそう話した。その相良氏がいまでは「そのうち機械が私に代わるでしょう」と笑う。
主審は試合の流れや選手たちの戦術的意図などを考慮に入れて総合的な判定を下すことを求められている。だが副審は、ボールが外に出たか否か、オフサイドかどうかをただただ正確に判定しなければならない。「機械になる」とは「最高の副審をする」という宣言だった。逆に言えば、正確に位置判定ができるカメラとオフサイドの諸条件を学習させたAIを組み合わせれば、機械にも副審ができるようになるのかもしれない。
笑い話ではない。サッカーのルールを決める国際サッカー評議会(IFAB)が3月3日の年次総会で「ビデオ副審(VAR)」の使用を正式に認可した。VARシステムは、ピッチ外にいてさまざまな映像を見る審判資格者がピッチ内の主審にアドバイスする形。「機械判定」ではないが、現場で事象を見ての判定だけでなく、映像を使うという面で155年のサッカーの歴史で革命と言ってよい。
VARは2016年春にテスト導入が許可され、以後20カ国、1600以上の試合で実施されてきた。その6割が公式戦である。IFABがベルギーのルーベン・カトリック大学に依頼した調査によれば、判定の精度はVARを使っていない場合の93.0%から98.8%へと上がったという。
しかし今季の全306試合でVARを使っているドイツのブンデスリーガを始め、トラブルも少なくない。何よりVARの介入によって長ければ試合が数分間ストップすることに、多くの選手やコーチたちが不満を表している。VARはまだ開発途上の段階にあると私は考えている。
「判定のスピードアップと審判間の意思疎通の向上を図らなければならないが、VARの導入はサッカーとレフェリングのためにもなり、試合をより公正にするものだ」
そう語るのは国際サッカー連盟(FIFA)のインファンチーノ会長。彼は2年前からことしのワールドカップでVAR使用を約束していた。
ひとつの勝利が大金につながる現代のトップクラスのサッカー。VARの導入は不可避かもしれない。だがその運用のノウハウがまだ成熟していない段階で、会長の意向に合わせるように「正式採用」を決めたのは、「急ぎ過ぎ」の感を否めない。
VARで浪費される時間を短縮するだけでなく、選手や観客からのピッチ上の審判員の尊重、審判員のメンタルケアなど、VARには目に見えない課題がたくさんあるように思う。ワールドカップまでに、そうした問題をどこまで解決できるか―。
(2018年3月7日)
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