サッカーの話をしよう
No.1160 サッカーがうまい選手になろう
「サッカーにおいて、『技術がある』ことと『サッカーがうまい』ということはイコールではない」
湘南ベルマーレの曺貴裁(チョウ・キジェ)監督は四半世紀を過ぎたJリーグの歴史でもきわめて異色の存在と言える。2012年にJ2の湘南の監督に就任、圧倒的な走力をもったアグレッシブなチームに変貌させて1年でJ1に昇格、以後2回降格の苦渋をなめたが、そのたびに進化したチームを引っ提げて1年でJ1復帰を果たし、ことしはJ1で開幕から1勝2分け。「湘南らしさ」満載の試合でファンを喜ばせている。
冒頭の言葉は、3月11日に行われた名古屋戦後の記者会見でのコメントである。圧倒的な個人技をもつ選手をそろえた名古屋に対し、積極的な姿勢を失わなかった湘南にどんな心理的マネジメントをしているのかという質問に対し、曺監督はその日のミーティングで選手たちに話したことを紹介してくれたのだ。
試合に勝つには、サッカーがうまくならなくてはならない。だがそれは技術だけの話ではない。もちろん技術を上げるための努力は必要だが、きょうの試合でいきなり上手になることはできない。「サッカーがうまい」とは、判断と動きが伴うもので、サポートの動き、いつどう走るのかなどを理解し、実行できれば、技術の差を埋めて勝利をつかむことは可能という話だったという。
ボールを自由自在に扱ったり、ドリブルで何人も抜くことのできる選手を、私たちは「うまい」と称賛する。しかし曺監督が言うように、それだけで試合に勝てるわけではない。「技術のうまさ」だけで勝負が決まるなら、ワールドカップの優勝はいつもブラジルになるだろう。しかし実際には、ドイツやイタリアが優勝をさらう。
ドイツもイタリアも、技術ではブラジルに勝てないことを知りつつ、自分たちがもっている長所を最大限に生かして戦いを挑む。言い換えれば、どんな国や民族もそれぞれの長所を最大限に生かしたサッカーで世界に伍して戦うことができるということだ。
ワールドカップ開幕までちょうど3カ月。日本代表に何事かを成すチャンスがあるとしたら、「日本らしさ」を貫いたときだけであるのは間違いない。ブラジルにもドイツにもイタリアにもない能力を「サッカーのうまさ」として表現し、それを武器に戦うしかない。
何より大事なのは、川崎や名古屋といった圧倒的な技術を誇るチームに恐れずに立ち向かった湘南のように、自らの力を信じ、なすべきことを90分間集中して実行する規律の高さ(=意志の力)であるに違いない。
(2018年3月14日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。