サッカーの話をしよう

No.1164 『ステークホルダー』はサッカーにはなじまない

 「戦略という言葉は戦争の用語だから、サッカーにはあまりふさわしくない」
 記者の質問にそんな言葉で応じたのは、2006年から翌年にかけて日本代表を指揮したイビチャ・オシムさんだった。彼は自分が使う言葉に非常に厳格な人で、通訳がきちんと訳せているか、いつも気にかけていた。
 さて、日本サッカー協会が最近よく使う言葉に「ステークホルダー」がある。日本語にすると「利害関係者」となるが、金銭的な関係にとどまらず、その支援がなければ組織が存立しえないグループを指す言葉らしい。
 日本サッカー協会は「加盟団体規則」などの基本的な規約のほか、いくつもの公式文書でこの言葉を使っている。しかし私の理解力が不足しているせいか、そのたびに文書を書いた人が想定する対象が違うように感じられてならない。あるときにはサッカー界にとどまらず広く日本社会全体であったり、またあるときにはスポンサーそのものであったり、この言葉が出てくるたびに考え込んでしまう。
 私の手元にある『小学館ランダムハウス英和大辞典』は1976年版なのだが、その「stakeholder」という言葉の日本語訳には、ギャンブルにおける「賭け金の保管人」としかない。「ステーク」とは第一義的に「賭け金」のことであり、そこから「利害関係」という意味が派生したらしい。アメリカで「ステークホルダー」が「利害関係者」という意味で使われた例が初めて現れるのは80年代のことだというから、76年版の辞書にないわけだ。
 ではなぜ日本サッカー協会が日本語としてまだ十分にこなれていないこの言葉を多用するのか。それはビッグビジネス化に突き進む国際サッカー連盟(FIFA)の影響に違いない。過去数年間、FIFAの文書でこの言葉を頻繁に目にするようになった。
 FIFAは2013年に各国サッカー協会の規約をFIFAの標準規約に準拠したものに改めることを義務付けた。日本協会が役員選挙の制度を改革し、評議員会の構成を大幅に変えたのはそれに従うものだったが、そのなかで「ステークホルダー」という言葉も浸透したのではないか。
 以上の経緯は想像である。だが重要なのは、オシムさんではないが、最新のビジネス用語である「ステークホルダー」がサッカー界にはなじまないということだ。FIFAも日本協会も以前は「サッカーファミリー」という言葉を多用していたが、まだその言葉のほうが実像を想像することができた。協会がスポンサーの意向ばかり気にしているという世論を払拭(ふっしょく)するためにも、言葉を慎重に選ぶ努力が必要だ。

(2018年4月18日) 
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