サッカーの話をしよう
No.1169 ゲーム・オブ・トゥー・ハーブス
2012年のイングランドのリーグカップで、前半37分までに2部のレディングに0−4とリードされたアーセナルが後半追加タイムに4−4に追いつき、延長の末7−5で勝つという大逆転劇があった。
「ゲーム・オブ・トゥー・ハーブズ(2つのハーフがある競技)」。サッカーはたびたびそう呼ばれる。Aチームが前半圧倒し、後半になると逆にBチームが一方的に優勢になるようなケースだ。
ワールドカップによる中断前のJリーグ最終節、5月20日に川崎×清水を見た。前半は川崎が楽々とパスを回して2−0とリード。しかし後半は逆に清水が圧倒的な優勢となり、シュートを連発した。川崎は相手のミスをついて1点を追加したが、内容としては清水が追いついてもおかしくない試合だった。
川崎の鬼木達監督は良いリズムで試合にはいり、3−0で勝ちきったことを評価した。一方、清水のヨンソン監督は後半の戦いぶりをほめた。
少し待ってほしい。後半の川崎はパスもつながらなかったし、前半の清水は相手ペナルティーエリアにも迫れなかったではないか。清水が後半反撃に出るのが予想できるなか、川崎はなぜ試合をしっかりコントロールできなかったのだろうか。そして清水はなぜ無抵抗なままで前半を過ごしてしまったのだろうか。
私が感じたのは、「試合運びの未熟さ」あるいは「幼稚さ」だった。「試合のはいり方」はよく言われるが、大事なのは、90分間でいかにもっている力を出し切るか、そのために何をしなければならないかだろう。川崎×清水は、両チームとも努力はしたが結果として「2つのハーフ...」になったわけではない。ともに相手からペースを取り戻すすべを知らなかったのだ。
世界のトップチームはハイペースで試合にはいり、前半20分を過ぎると少しペースが落ちるが、30分過ぎに再度上げ、そのまま前半を終える。そして後半も同じことを繰り返す。たとえ立ち上がりに相手ペースになっても、なんとかペースを取り戻そうと全員が必死に考え、努力する。
ワールドカップで日本が対戦するのは、そうした相手ばかりだ。そんなライバルたちに、前半あるいは後半だけでも「もったいない」内容の試合をしてしまったら勝機はない。戦術も大事だが、勝利を生むのはしっかりとした試合運びだ。いま何をしたら勝利につながるのか、試合のなかで全員が必死に考え、足と体を動かさなければならない。
前半37分に0−4となったとき、数多くのアーセナル・ファンが席を立った。だが選手たちはあきらめず、アーセナルは前半の追加タイムに1点を返した。それが史上まれに見る大逆転につながった。
(2018年5月23日)
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