サッカーの話をしよう
No.1170 フットボール一族の痛手
「フットボール」は、巨大な「一族」である。
サッカーももちろん「フットボール」。日本サッカー協会の英語名は「Japan Football Association」である。
古代以来、ボールをける遊びや行事は世界の各地にあった。しかしフットボールの直接の祖となったのは、中世からイングランドを中心に欧州各地で行われた大衆の気晴らしゲーム。2つの村が総出で主にボールを足でけって相手の村の門に入れることを目指した。何百人、ときに何千人もの荒くれ者が参加し、ルールもほとんどなかった。やがて19世紀にイングランドで学校教育に採り入れられ、スポーツの体裁を整えた。
現在、世界では大きく分けて5種類の「フットボール」がプレーされ、それぞれ絶大な人気を誇っている。いずれも、19世紀の後半、日本で言えば明治維新前後に、イングランドの学校で行われていたフットボールを元に最初のルールがつくられ、以後、独自の発展を遂げたものだ。サッカーも、1863年にルールを制定して「フットボール・アソシエーション」が設立されたことで誕生した。「アソシエーション(協会)式フットボール」というのがサッカーの正式名称である。
もちろん、現在世界に最も広まっているのはサッカーだが、ラグビーも世界で広くプレーされて人気があり、アメリカンフットボール、オーストラリアンフットボール、そしてアイルランドを中心としたゲーリックフットボールはそれぞれの国や地域のナショナルスポーツになっている。
これらのフットボールを比較すると、現在ではルールも大きく違い、大げさに言えば「スポーツとしての哲学」まで違うように見える。それはそれぞれ独自に発展した一世紀半という時間がもたらしたものに違いない。国民性や民族的な好み、そして競技が積み重ねてきた名勝負などの歴史が、現在のそれぞれのフットボールのあり方やルールに色濃く反映されている。
しかしそれでも、現在の日本に江戸時代の文化が消しようもなく残っているように、すべてのフットボールには、共通する文化が存在する。
フットボールは体と体のぶつかり合いを許容するスポーツであり、ときにそれが原因でケガ人が出る。そしてどんなフットボールも、ルールを改正することでそうしたケガをできるだけ減らそうと努力を続けてきた。
どの「一族」のルールから見ても許容範囲を大きく逸脱した暴行が試合中に起こってしまったアメリカンフットボール。スポーツのプレーの範疇をはるかに超えた暴行を司法の手に委ねるしかないのは、「一族」全体の痛手だ。
(2018年5月30日)
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