今月中旬に行われたJリーグ・ヤマザキナビスコ・カップの1回戦で、アビスパ福岡とジェフ市原がそれぞれリーグ戦と大幅に違うメンバーを出場させた。前後のリーグ戦と比較すると、アビスパは10人、ジェフは9人メンバーが違った。これがJリーグ規約の「最強のチームによる試合参加」義務に違反していると問題になっている。
「Jクラブは、その時点における最強のチーム(ベストメンバー)をもって前項の試合に臨まなければならない」(Jリーグ規約第四十二条)
「前項の試合」とは第四十条に掲げられている「公式試合」を指し、J1、J2のリーグ戦だけでなく、リーグカップ戦などが指定されている。
4月12日の第1戦を前にJリーグはアビスパに注意を与えたが、ピッコリ監督は「これが現時点でのベストメンバー」と予定どおりのメンバーで平塚でのベルマーレ戦に臨んだ。同日、大分でのトリニータ対ジェフ戦でも、ジェフがリーグ戦とまったく違うメンバーで出場した。
試合後、Jリーグは両クラブに警告を発した。両クラブともその週末のリーグ戦は本来のメンバーに戻したが、翌週の水曜日、4月19日のナビスコ杯1回戦第2戦では、アビスパは1週間前と同様のメンバーで押し通し、ジェフはリーグ戦に近いメンバーを起用した。
「最強のチーム(ベストメンバー)」という規約の用語が非常にあいまいで、「ベストメンバーは監督が決めるもの」、「試合に勝ったんだから文句はないはず」などの意見が出ている。
私は、この規約はJリーグの公正さを保証するために非常に重要な意味をもっていると考えている。クラブや監督が試合の重要性を勝手に判断して力を落とすチームを出すことなどあってはならないからだ。
そしてこの規約での「最強のチーム」とは、当事者の主観ではなく、前後の試合の出場選手などから、常識の範囲内で客観的に判断されるべきものと思う。そう見れば、アビスパとジェフの規約違反は明らかだ。
今回のケースは、試合が通常のリーグ戦ではなくカップ戦であったこと、前後の試合が非常に込み合っており、しかもアビスパは長距離の遠征が重なる非常識な状況であったことなど、考慮に入れるべき点は多い。4月8日土曜日に磐田でジュビロと対戦したアビスパは、12日には平塚に遠征してナビスコ杯の1回戦を行い、また戻って15日に柏レイソルを迎えるという日程だった。しかもレイソルはナビスコ杯1回戦をシードされていて、12日には試合はなかった。大事なリーグ戦を万全のコンディションで迎えるために、12日は主力選手をを遠征させたくないというピッコリ監督の思いは理解できる。このような不公平な日程にしたJリーグにも責任の一端はある。
しかしいかなる理由があろうと、重要な規約を破ったのは動かし難い事実だ。制裁の対象になるのは当然のことと思う。
理解しがたいのは、制裁を受けるのがアビスパだけで、ジェフは対象にならないと、Jリーグ幹部のひとりが発言していることだ。ジェフは、Jリーグの警告を受けて第2戦ではベストメンバーに戻すべく努力したからだという。
今回の「事件」がややこしくなった原因のひとつに、Jリーグの幹部が本質論である「規約の意味」を語らず、感情論が多かったことがある。
12日の試合で規約違反のチームを出場させたことでは、ジェフもアビスパも変わるところがない。当然、ジェフも同じように制裁の対象となるはずだ。
最終的にどんな制裁が適当か、チェアマンに諮問するJリーグ「裁定委員会」の見識ある判断を待ちたいと思う。
(2000年4月26日)
先週土曜日のJ2大分対札幌戦で、札幌のエメルソンが後半にこの日2枚目のイエローカードを受けて退場になった。
2枚目のカードの理由は「反スポーツ的行為」だった。ゴール前のプレーで倒れたエメルソンの行為が、PKを取るために反則されたと装ったのだと、柴田正利主審は判定したのだ。
昨年のルール改正で、審判を欺いて利益を得ようとする行為にイエローカードを出すことが盛り込まれた。
「フィールド上のどこであっても、主審を欺くことを意図して反則されたように装う行為は、すべて反スポーツ的行為として罰せられる」(「決定6」)
こうした行為は、以前は「ダイビング」(飛び込み)、「チーティング」(だますこと)などと呼ばれていたが、英文ルールで「シミュレーティング・アクション」(装う行為)という表現が使われたことから、日本でも昨年から「シミュレーション」と呼ぶことにした。
98年ワールドカップの準決勝、フランス対クロアチア戦で、フランスのブランが退場処分になった。フランスのFKを待つゴール前で、ブランがユニホームをつかんだクロアチアのビリッチの胸を「離せ!」とばかりに小突いた。ビリッチはその「チャンス」を見逃さず、両手で顔を覆って大げさにひっくり返った。主審はブランがパンチを食らわしたと思い、副審と相談の上、レッドカードを出したのだ。
「ダイビング」とは、ドリブルしていた選手が相手がタックルにきた瞬間に足を引っかけられたように演技して前に飛び込む行為。ビリッチの行為は、それには当たらなかった。だから昨年のルール改正では「主審を欺くことを目的としたシミュレーティング・アクション」という表現が使われたのだ。
シミュレーションは、現代のサッカーがかかえる最も重大な問題のひとつだ。けっして新しい行為ではないが、近年、その頻度は高くなり、そして「演技」は高度になっている。
シミュレーションなのか、それとも本当にファウルがあったのか、見分けるのは簡単ではない。ハードタックルを受けるとき、選手は負傷を防ぐために自らジャンプして倒れ込むこともある。そうした「防衛本能」との判別も難しい。
「とにかくしっかり動いて、プレーをできるだけ近くから見るほかにありません」と語るのは、日本の審判の第一人者である岡田正義さんだ。
しかしビリッチのようなケースは、主審ひとりで対処できるものではない。副審や、ときには予備審判の助けも必要になる。だがこれにも限界がある。ビデオの使用は、別の問題があって現実的ではない。私は、選手たちに対する「抑止力」にするために、さらにルール改正が必要ではないかと考える。
昨年付け加えられた「決定6」では、「フィールド上のどこであっても」という文言が使われている。PK狙いのダイビングに限らず、ビリッチのような行為も警告するという、厳しい態度を示す意図だろう。
しかしもう一歩進めるべきではないか。PKを得るための、ペナルティーエリア内でのシミュレーションには、即刻レッドカードにすべきだと思うのだ。
GKがペナルティーエリアを出て手を使って守ると、「著しく不正なプレー」という理由で即座にレッドカードが出される。それならば、攻撃側がPKを得るためのシミュレーションも、「得点に直接関係する」という点で「著しく不正な行為」に当たると思うのだ。
シミュレーションは、けっして「マリシア」(悪賢さ)などではない。単なる卑劣な行為だ。サッカーというスポーツと、プレーヤー自身の価値をおとしめる愚行なのだ。
(2000年4月19日)
ヨーロッパではチャンピオンズ・リーグの準決勝に全大陸が沸き、南米ではワールドカップ予選が火ぶたを切った。しかし世界のサッカーはそうした「ビッグゲーム」だけで動いているわけではない。FIFAランキング159位。ヒマラヤの国ネパールからは、代表監督が勲章を受けた話が伝わってきた。
昨年の南アジア競技大会で銀メダルを獲得したネパール代表の英国人監督ステフェン・コンスタンチンに、去る3月24日、ビレンドラ国王が王宮で自ら勲章を与えたという。
「私などよりずっとネパール・サッカーの発展に尽くしてきた人がいる」。36歳の英国人監督は謙虚な男だった。
長い間、ネパールはアジアでも最も弱い国のひとつだった。代表チームは、過去5年間で2回しか勝ったことがなかった。日本とも何度も対戦したが、いずれも日本が大勝している。
しかしドイツ人のスピットラー監督の後を継いで昨年8月にコンスタンチン監督が就任すると、これまでのネパール協会の若手育成の努力が一気に実を結んだ。南アジア競技会でブータンを7−0で破り、次いでパキスタンにも3−1で快勝。インドには0−4で完敗したが、準決勝でモルジブを2−1で下し、見事決勝に進出した。
決勝戦、0−1とリードされたネパールが最後の攻撃を仕掛け、終了3分前にFWのハリが放ったシュートがゴールポストを叩いて真下に落ちた。ゴールにはいったと見たハリは観客席に向かって歓喜を表現した。ゴールは認められなかった。だが銀メダルは望外の成功だった。
準決勝、決勝は、首都カトマンズのナショナルスタジアムに超満員の2万人を集めた。スタジアムだけではなかった。約2000万の国民がナショナルチームに熱狂し、サッカーでひとつにまとまったのだ。
コンスタンチンは、祖国イングランドではまったく無名の存在だ。ロンドンで生まれ、ミルウォールとチェルシーのユースに在籍したが、プロのクラブとの契約にはいたらず、イングランドではセミプロの名門エンフィールドでプレーしたのが最高の経歴だった。彼はアメリカに新天地を求め、地方のクラブでサッカーをしながら生計をたてた。だが27歳のときにひざの故障で現役生活を断念、コーチで生きようと決心する。
しかし若い無名コーチが簡単に職を見つけられるものではない。ようやく彼が手に入れたのは、地中海の島国キプロスの下部リーグのコーチ職だった。
APEPというクラブの実質上の監督として2部で2位になったのが96年。だが正監督就任は拒否された。「その若さでは、主審に圧力をかけることはできない」という理由だった。
昨年8月、彼はネパールにやってきてナショナルチーム監督に就任した。高い技術をもち、素質も悪くないネパールの選手たちに、コンスタンチンは自信をもつように吹き込み、90分間戦い抜くチームに仕立て上げた。これが、南アジア競技会銀メダルにつながった。
しかしコンスタンチンが国民を熱狂させたのは、勝ったからだけではなかった。準決勝のときのひとつのパフォーマンス。彼は、ネパールの民族衣装で試合に臨んだのだ。
「あれは、どんな結果になろうと、私は選手たちの味方だということをアピールするためだったんだ」と、コンスタンチンは語る。それは選手たちの闘志を引き出し、さらにネパール国民に祖国や民族に対する誇りを思い起こさせることになった。
「サッカーを通じて幸せ」になった国ネパール。世界的な名声とはほど遠いところにいるひとりの英国人コーチの、心を込めた仕事が、サッカーを小さな「奇跡」の道具にしたのだった。
(2000年4月12日)
開幕から3連勝し、J2から昇格して1年目で台風の目となったFC東京。ピッチの上の11人とベンチの監督、交代選手の全員が心をひとつにして90分間戦い抜くこと、それがこのチームの最大の魅力であり、また力でもある。
93年、スタートとともにJリーグが人びとの心をつかんだのは、何よりも選手たちの一生懸命さからだった。だからルールも知らない人びとをスタジアムやテレビの前に引きつけたのだ。FC東京の快進撃は、Jリーグに「原点」に戻る重要性を訴えかけているように思う。
今季のFC東京は、Jリーグに新しいものももたらした。「ユーモアとウィットあふれるサポーター」だ。
開幕の横浜Fマリノス戦では、東京のサポーターたちは試合前に井原正巳選手の有名な応援歌を連発した。マリノスから戦力外通告を受け、ジュビロ磐田に移籍した選手だ。彼の放出については、マリノスのサポーターもクラブに大きな不満をもっていた。その井原選手の名前を連呼されたら、マリノス・サポーターはいたたまれない気分になったのではないか。
この試合、マリノスの選手が中盤で負傷し、ボールが外に出された場面があった。治療が終わり、スローインはFC東京。当然、マリノスに返す場面だ。
しかしサポーター席からはいっせいにこんな声が上がった。
「返すな! 返すな!」
しかしFC東京の選手はいったん味方に投げ、素直にマリノスに返した。間髪を入れず、東京のサポーターたちが叫んだ。
「クリーン東京!」
なんと気の利いた応援ではないか。世界中でサッカーを見てきたが、こんなにスマートに選手たちの気をよくさせる応援は見たことがない。
先週の土曜、柏の葉競技場での対レイソル戦では、先制点を許した東京のGK土肥洋一選手(昨年までレイソル)にレイソル・サポーターが「ミラクル・ヨーイチ!」という揶揄(やゆ)の声をあげた。東京サポーターは、土肥がファインセーブを見せると、即座に「ミラクル・ヨーイチ!」とたたえ上げた。
大応援幕には、「Sexy Football」とある。
「楽し都、恋の都、夢のパラダイスよ、花の東京」。テーマソングは藤山一郎の「東京ラプソディー」だ。
アマラオが判定に怒ると、
「落ち着けアマラオ、落ち着けアマラオ!」の連呼。
執拗に抗議するアマラオに主審がイエローカードを出すと、
「もったいない! もったいない!」とくる。
日本代表サポーターのリーダーでもある「カリスマ」的なサポーターが中心にいるのはもちろん大きな要素だ。しかしそれ以上に、全員がよく選手やサッカーを知っていて、しかも試合に集中して、流れに応じた声を上げていることが、「楽しさ」の最大の要因になっている。とにかく、試合とサポーターの声との呼応が楽しいのだ。
「組織があるわけじゃない。ただなんとなく試合のときに集まって声を合わせているだけ。面白くしようとしているわけでもない。ただ、オレたちほど試合をしっかりと見ている人間は、このスタジアムにはいないと思う。オレたちは、そこで思ったことをストレートに表現してるだけなんですよ」
サポーターのひとりは、こう言って胸を張った。
サポーターといえば、非常に攻撃的だったり、負けるとブーイング、相手チームを威嚇する声ばかり出してきたこれまでのJリーグ。そのJリーグのスタジアムに、東京のサポーターは「ユーモア」をもちこんだ。
ここから何か新しい「文化」が始まっていくのでは、とさえ思えるのだ。
(2000年4月5日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。