サッカーの話をしよう

No.606 ベンチでもでっかさを示す

 30メートルものFKを一直線にコロンビア・ゴールに突き刺したドイツ代表MFバスティアン・シュバインシュタイガーが猛烈なスピードでベンチに走り寄ってくる。そして右手の人差し指で、まるで右から順番に人数を数えるようにたどっていくと、左隅にようやくお目当ての選手を見つけ、「やったよ」とばかりに駆け寄って抱きついた。
 6月2日、3日前に日本と引き分けて批判にさらされていたドイツ代表は、ワールドカップ前の最後の親善試合をコロンビアと戦った。バラックがヘディングで先制点を決め、前半30分、このシュバインシュタイガーのFKで差を広げた。明るい笑顔に包まれるなか、シュバインシュタイガーが抱きついたのは、GKオリバー・カーンだった。
 ドイツ代表の正GKをレーマンにすることをクリンスマン監督が発表したのが4月。誇りを傷つけられたカーンは、そのまま引退するか、代表を辞退すると言い出すのではないかと懸念された。しかし彼は残った。そして「ドイツのために、できるだけのことをする」と宣言した。
 いま、ドイツでは、あるハンバーガーチェーンのテレビCMが話題になっている。
 CMは公園に置かれたベンチの絵から始まる。上手から男がひとり歩いてきて腰掛け、手にした紙袋から大きなハンバーガーを取り出し、カメラに向かって示す。
 チェーンのロゴマークが画面いっぱいに広がり、ナレーションがはいる。
 「ベンチでも、でっかさを示す」。
 最後にまた男が映り、ベンチの背をさすりながらにやりとする。
 それだけのCMだが、その出演者がカーンであることに驚く。正GKの座を奪われ、「ベンチでのワールドカップ」を強いられるカーン。しかし彼は、そこでも「でっかさ=偉大さ」を示すという暗示なのである。
 1984年8月1日生まれ、まだ21歳、バイエルン・ミュンヘンに所属するシュバインシュタイガーは、子どものころからのバイエルン・ファンだった。自室にはカーンの大きなポスターが貼ってあったという。12歳のときにバイエルンに加入。ユースに上がり、トップに引き上げられたときに彼を誰よりもかわいがってくれたのが、2002年ワールドカップでMVPとなり、世界一のGKと認められたカーンだった。
 そのカーンがゴール前に立つことを許されず、ベンチの端に座ってじっと試合を見つめているという事実は、頭では理解できても、気持ちの上では整理できないものをシュバインシュタイガーはずっとかかえていたに違いない。
 「練習では、いつもオリバー(カーン)の立つゴールにめがけてシュートを打っている。でもコロンビア戦でFKのチャンスがあったとき、ゴールに立っているのは、もちろんオリバーではなかった。そう思うと、ける前にボールの道筋がはっきり見えたように感じた。僕はそのとおりにけった」
 ドイツ代表28試合、通算7点目のゴールは、日本戦での屈辱を払拭し、ワールドカップに向けドイツ代表に自信を回復させる得点となった。だからこそ、シュバインシュタイガーは、そのゴールを感謝の気持ちとともにカーンに捧げたのだ。
 前評判はけっして高いとはいえない地元ドイツ。しかしこのシーンを見ながら、私は、チームが完全にひとつになろうとしているのを感じた。
 36歳のカーン、21歳のシュバインシュタイガー。年齢を超え、サブとレギュラーという立場を超えて、ドイツは本物の「チーム」になろうとしている。こうなったときのドイツは強い。もしかすると、前評判を覆す何かをやってのける力が湧き出てくるかもしれない。
 
(2006年6月7日)

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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