ことしの5月末から6月上旬にかけてベトナムで開催された女子アジアカップ。出場全8チームは、東アジアが5、東南アジアがオーストラリアを含めて3という内訳だった。
オーストラリアを除けば、アジアの女子サッカーは完全に東アジアが主導権を握っている。北京オリンピックでも日本が4位、中国がベスト8にはいり、北朝鮮もブラジル、ドイツという強豪と互角に渡り合った。だがその「アジアの勢力図」は、10年以内に大きく変わるかもしれない。西アジア勢の台頭だ。
イランや中東諸国では、ほんの数年前まで女子サッカーなど「無」に等しかった。イスラムでは女性が髪の毛や体の線を出すことが禁じられているからだ。外出するときにはベールで髪や顔を、そして長衣で体を隠さなければならない。サッカーなどもってのほかだった。ところがここ2、3年の間に、宗教的戒律が厳しい国でも大きく状況が変わってきているのだ。
ことし6月にベトナムで開催された女子のアジアカップには、初めてイランがエントリーし、予選の第2ラウンドまで進んだ。決勝ラウンド進出こそ逃したが、FWマハムディの終盤の決勝点でチャイニーズ・タイペイに3-2と競り勝った試合は、この国の女子サッカーの歴史に残るに違いない。
アラビア半島の国々でも女子の活動が盛んになっている。バーレーンでは中学校の女子サッカー大会を開催して選手を増やし、ことし6クラブでリーグ戦が始まった。3チームによるリーグ戦が行われているオマーンでは代表チームを組織すべく監督が任命された。UAEでは外国企業の女子チームを交えたリーグ戦が始まった。
ヨルダンでも、クウェートでも、そしていまだ平和にはほど遠いパレスチナでも、かつては禁じられていた女子サッカーが2年ほど前に公式に認められ、過酷な環境のなかで選手がどんどん増え始めている。サウジアラビア、カタールといったとりわけ戒律の厳しい国でも、大学内だけでの活動ながら、ことしから女子サッカーが始まったという。
長袖のユニホームを着、足にはタイツをはき、髪の毛もスカーフで覆ったままプレーしている選手も少なくない。しかしおそらく、そうした制約などサッカーをプレーできる喜びに比べたら何でもないだろう。西アジアの女性たちが本気でサッカーに取り組み始めた。東アジア勢も安閑としてはいられない。
(2008年9月24日)
来年、Jリーグとアジアの関係が大きく変わる。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)に4チーム出場し、「アジアでの戦い」が増えるだけではない。これまで「3人」に制限されていた外国籍選手の出場が、アジアサッカー連盟(AFC)加盟国の選手に限って「4人目」が許されることになるのだ。
「⑴チーム内の競争激化によるレベルアップ。⑵アジアでの放映権販売やマーケティング活動の推進。⑶アジア全体の国際交流への貢献」
新制度について、Jリーグの鬼武健二チェアマンはこの3点の狙いがあると説明する。
私は、原則的にはこの「AFC枠」に大賛成だ。Jリーグはアジアで最も組織的に運営されているプロリーグであり、今晩第1戦が行われるACL準々決勝出場の8チーム中3チームがJリーグ勢で占められていることでもそのレベルの高さは証明済みだ。アジアの選手たちに門戸を開放すれば、国際交流だけでなく、アジア全体のサッカーの発展に大きく寄与するだろう。
だが、放映権販売やマーケティングについては慎重に取り扱う必要があると思う。
いま世界のサッカーはヨーロッパに席巻されている。イングランドを中心とした西欧各国のリーグやUEFAチャンピオンズリーグの放映権が世界中に販売され、地元のリーグをしのぐ人気を集めている。華やかでハイレベルなサッカーにファンが熱狂するのは当然のことだが、それによって各国の国内リーグが深刻なダメージを受けている現実は大きな問題だ。
その傾向が最も強いのがアジアだ。中国や東南アジアでは、国内リーグの人気が低迷するなか、マンチェスター・ユナイテッドやバルセロナのレプリカシャツを着て街を歩く若者が驚くほど多い。アジア全体をマーケットにというJリーグの狙いのひとつは、ヨーロッパのように他国のマーケット(ファン)を奪い、その国のプロリーグの健全な発展を妨げる要因になる危険性をはらんでいる。
放映権の販売自体は悪いことではない。しかし「売る一方」ではだめだ。同時に相手国リーグの放映権を買う契約も結び、日本国内でも定期的に放映するようにしたらどうか。アジアのサッカーのリーダーを自任し、「アジア全体の国際交流」をうたうからには、アジア各国の国内サッカーを守る義務もある。何よりも、Jリーグのマーケットは日本国内であるはずだ。
(2008年9月17日)
先週バーレーンに向かったカタール航空機は、エジプトなどアフリカ諸国への観光客で満員だった。たしかに中東は日本からアフリカへの中継地として最適かもしれない。
「アフリカ」という言葉が浮かんだとき、ふいに、2年半前に急逝した友人の顔が頭をよぎった。富樫洋一さん。私と同じ年代のサッカー記者であり、テレビでも広く活躍、「ジャンルカ」のニックネームでファンから愛されていた。2006年2月、アフリカ選手権の取材中に体調を崩し、帰らぬ人となった。享年は54歳だった。
月日の流れは速い。それから2年、アフリカ選手権はすでに次の大会が開催され、エジプトが連覇を飾った。
昨年末、カメラマンの清水和良さんは、ことしのアフリカ選手権を取材するに当たって富樫さんを追悼する写真集にまとめようと考えた。清水さんは、90年代から7大会もいっしょにアフリカ選手権を取材してきた。富樫さんをしのぶには、アフリカのサッカーの魅力を表現するのがふさわしいと考えたのだ。
ライターの金子達仁さんが賛同し、ふたりで発起人になって本の制作が決まった。そしてランダムハウス講談社から『THE AFRICAN FOOTBALL』として出版されることになった。
B4変形、上製、全128ページという立派な写真集だが、ほぼすべての写真を出した清水さんにも、現地に赴いて原稿を書いた金子さんにも、そしてていねいなキャプションを書いたライターの戸塚啓さんにも、大会取材費はおろか、原稿料も支払われない。印税はすべて富樫さんのご遺族に贈られることになっているからだ。
その友情の仲間入りをしたいと、多くの人が富樫さんへの送る言葉を寄せている。日本サッカー協会前会長川淵三郎さんからのメッセージもあるという。
しかし清水さんは、サッカー界や記者仲間からだけでなく、広くファンからのメッセージも載せたいと考えた。それこそ、常にファンの立場に立ってサッカーを考え、独自の表現でサッカーの魅力を伝えてきた富樫さんへのはなむけにふさわしいと思ったからだ。
そろそろ写真集をまとめなければならない。50字から200字の間であれば、どんな形のメッセージでもかまわない。自由な発想こそ、「富樫流」だった。遠慮なくメッセージを送ってほしい。
送り先は、africa.togashi@gmail.com、ランダムハウス講談社・大森春樹さん。
(2008年9月10日)
2010年に南アフリカで開催されるワールドカップのアジア最終予選が今週土曜日に始まる。初戦、日本はアウェーでバーレーンと当たる。今年3回目の中東遠征。しかし今回は少し様子が違う。
9月1日、イスラム諸国で「ラマダン」がスタートしたのだ。イスラム暦(太陰暦)第9月。西暦で610年のこの月の第26日の夜に、預言者ムハンマド(マホメット)が神から啓示を受け、聖典「コーラン」を下された。イスラムにとって「聖なる月」である。
コーランには「この月に在宅する者は断食しなければならない」とある。以後1400年、イスラムを信仰する人びとは毎年1カ月間の断食を行ってきた。現在も世界中で12億人と言われるイスラムの人びとが同じ苦しみを分かち合っている。
「断食」と言っても、飲み食いを禁じられているのは日の出から日没まで。この間は、食事はおろか、一滴の水も飲むことができず、喫煙も禁止だ。人によってはつばを飲み込むことさえためらう。その反動のように、日が落ちると、人びとは食べ、飲み、明け方までの大騒ぎになる。
かつては、ラマダン月にはサッカーの国際試合など行われなかった。練習ができないだけでなく、日没後の暴飲暴食や不規則な生活でサッカーどころではなかったからだ。
しかし現在はそんなことを言っていられない。イスラムの都合などおかまいなしの「国際マッチデーカレンダー」があるからだ。というわけで、日本代表はラマダン真っ最中のバーレーンに乗り込むことになったのだ。
断食は個人の信仰に基づく自主的なものなので、イスラムでない人びとに強要されることはない。しかし旅行者も、日中に水のボトルをもって町を歩くなどははばかられる。
日没を告げる「アザーン」(コーランの朗唱)が町に響き渡ると、人びとはいっせいに「イフタール」と呼ばれる断食明けの食事に取り掛かる。家族いっしょに、日本でいえば正月の食事をして、その後、町に繰り出す。
3月の対戦では、日本へのテレビ放映の都合で現地で午後5時20分だったキックオフ時間。それが今回は「イフタール」後の9時30分となっている。
もちろんバーレーン代表選手は断食はしない。老人、病人、妊婦などとともに、「激しい肉体労働をする者」は免除されているからだ。それだけに、「断食中の同胞のために」という強烈なモチベーションがあるはずだ。
バーレーン ラマダーン月第4日の夕暮れ
(2008年9月3日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。