ワールドカップ南アフリカ大会を担当する30組90人の審判員が発表された。日本の西村雄一主審、相樂亨副審、韓国の鄭解相(チョン・ヘサン)副審のチームも選出された。
ただし全員が南アフリカのピッチに立つことを約束されたわけではない。5月の最終チェック次第では交代要員に回らなければならない。4年前、06年大会では26組78人が選ばれたが、実際にピッチに立ったのは21組63人だけだった。
今回発表された30人の主審には日本に不思議な因縁をもつ人がいる。メキシコのベニト・アルマンド・アルチュンディア氏(42)。96年アトランタ・オリンピック、「マイアミの奇跡」と言われるブラジル戦の主審である。
当時30歳。だがすでに国際審判員として3年半の経験をもっていた。93年には日本で開催されたU-17世界選手権に参加、27歳の若さで準決勝まで4試合もの主審を務めた。
96年4月にはJリーグの招きで来日、9試合の主審を務めた。オリンピック初戦のブラジル戦でそのアルチュンディア氏の顔を見た日本選手たちは驚いたのではないだろうか。
以後、99年南米選手権(パラグアイ)、01年コンフェデ杯(日本)で、彼は日本代表の試合を担当した。03年U-20世界選手権(UAE)ではエジプト戦勝利の主審だった。そして08年クラブワールドカップ(日本)準決勝では、G大阪がマンチェスター・ユナイテッドに挑んだ試合で笛を吹いた。
20代から注目されていたアルチュンディア氏だったが、なぜかワールドカップには縁が薄かった。ようやく出場の夢がかなったのは40歳を迎えた06年のドイツ大会。そこで彼は1大会で5試合の主審を務めるという新記録を樹立する。最大の栄誉は、ドイツ対イタリアの準決勝だった。
国際審判員の定年は45歳。アルチュンディア氏にとって今回が最後のワールドカップだが、フランスのジョエル・キニウ氏(86~94年の3大会に出場)のもつワールドカップ主審8試合という記録の更新は十分可能だ。
96年以来彼が主審を務めた日本の6試合の成績は4勝2敗。01年コンフェデ杯でのカメルーン戦の勝利も含まれている。アルチュンディア氏は日本に幸運をもたらす主審に違いない。彼の新記録樹立(南アフリカで4試合目ということは、間違いなく決勝トーナメントだ)が日本の勝利でしめくくられれば、言うことはない。
(2010年2月10日)
ティエリ・アンリ(32)。フランス代表主将が、ワールドカップ・ヨーロッパ予選のアイルランドとのプレーオフにおいて手でボールをコントロールして決定的な得点にアシストしたことは昨年11月に大きな話題となった。
2試合180分間を終わって通算スコアは1-1。ワールドカップへの出場権は、30分間の延長戦にかけられることになった。
その延長前半終了直前、フランスが中盤でFKを得た。ゴール前に入れられたボールをいちばん左外から走り込んだアンリが左手で止め、すかさず中央に送ると、DFギャラスが頭でゴールに押し込んだ。これで2戦合計2-1となり、そのまま押し切ったフランスがワールドカップ出場権を獲得した。
当然、アイルランドの選手たちは猛烈に抗議した。しかし主審も副審も第4審判も、アンリが何をしたのか確認することはできず、ゴールを認めた。
「ボールは僕の腕に当たって前に落ちた。僕はプレーを続け、主審は得点を認めた」
試合後、アンリはハンドがあったのは確かだが、それが反則かどうか決めるのは主審の仕事だと言い放った。
大きな論争になった。欧州で試験的に導入されている「ゴール裏副審」がいれば反則を確認できたはず...。ビデオを確認して最終的な判断をすれば間違いは起こらなかった...。
だがどんなに審判を増やしてもテクノロジーを導入しても、最終的に判断するのが人間である以上、誤審がゼロになることはありえない。私は、選手自身がもっと正直になるしかないと考えている。
思いがけなく飛んできたボールがただ手に当たっただけでなく、反射的にそれをけりやすいところに落としたことは、アンリ自身が承知し、ギャラスにも見えていたはずだ。主審と副審が協議している間にどちらかが正直に話していれば、こんな大ごとにはならなかったはずだ。
世界中からの猛烈な抗議に合い、アンリは代表からの引退まで考えたという。国際サッカー連盟(FIFA)がゴールと試合結果を認め、アンリに罰を課すこともなかったために、アンリは自らの過ちをつぐなうことさえできない。
日本には「人の噂も七十五日」という言葉がある。しかしあの事件から2カ月半を経過してもまだ騒ぎは収まらない。結局のところ、アンリもフランス代表も、ワールドカップ出場と引き換えに大きなものを失ったのではないだろうか。
(2010年2月3日)
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