「ことしいちばんの試合は何だっただろう」
1年間たまった資料や取材ノートを整理しながら考えた。
全12試合を見ることができた日本代表では6月3日のオマーン戦(埼玉スタジアム)が印象的だった。堅守の相手を見事な攻撃で崩して3-0。この勝利がワールドカップ・アジア最終予選に決定的な勢いをつけた。
しかし日本サッカーの可能性を最も強く示唆した試合は、ロンドン五輪男子のスペイン戦ではなかったか。
大会前、関塚隆監督率いるU-23日本代表の評価は低かった。スペイン、モロッコ、ホンジュラスと組むD組を2位以内で突破する可能性は低いだろうという声が高かった。最大の懸念要素は守備の弱さだった。
だが徳永悠平と吉田麻也の「オーバーエージ」2人がはいるとDFラインは見違えるように安定した。そして迎えた初戦、優勝候補のスペインに対し、日本は前半34分にFW大津祐樹が挙げた得点で1-0の勝利を得た。自信を得た日本は44年ぶりのベスト4進出を果たす。
勝利のカギは守備だった。DFラインの安定はもちろんのことだが、この日スペインを圧倒したのは、前線からの容赦のないプレスだった。10人が休むことなく90分間走り、連係して相手を追い詰めた。そしてボールを奪うと才能を生かしたパス攻撃で相手ゴールに襲いかかった。3-0でも4-0でもおかしくない試合だった。
スペインはFIFAランキング1位。そのA代表選手を何人も並べた相手に対し引いて守るのではなく、果敢にボールを奪いにいった。相手の名声におびえずにそうした戦いを選択し、全員が全身全霊で貫いたことが勝利を呼び寄せた。
来年6月、ザッケローニ監督率いる日本代表はブラジルで開催されるFIFAコンフェデレーションズカップに臨む。初戦はブラジル、続いてイタリア、そしてメキシコと当たる厳しいグループだ。
現在の日本代表はアジア相手なら相手を圧倒する攻撃的な戦いができる。しかし世界の強豪が相手になるとそんな試合はさせてもらえない。10月のフランス戦、ブラジル戦で明らかだ。ヒントになるのがロンドン五輪のスペイン戦ではないか。
相手を恐れず、相手より多く走り、積極果敢にボールを奪いにいく―。そんな守備ができれば、現在の日本の攻撃力をフルに発揮できる。それは14年ワールドカップ・ブラジル大会での可能性を大きく広げるはずだ。
(2012年12月26日)
16日に行われたFIFAクラブワールドカップの決勝戦は久々に見応えのある試合だった。欧州勢との決勝戦では近年「守ってカウンター」という形だった南米代表が、互角の攻め合いをした末に勝利をつかんだ。
その決勝点を挙げたのが、コリンチャンス(ブラジル)のペルー人FWゲレロだったことはとても興味深かった。彼は準決勝でも唯一の得点を挙げ、この大会でチームが記録した2得点とも、その頭で叩き出した。
「国際選抜」のチェルシー(イングランド)に対し、コリンチャンスは大半がブラジル人。先発11人のうち実質的に唯一の外国人選手であるゲレロがコリンチャンスに世界チャンピオンの座をもたらしたことになる。
サッカーは得点数を争うゲーム。タイトル獲得には卓越したストライカーが必要だ。しかしトップクラスの試合でコンスタントに得点できるストライカーはどこにもいるというものではない。
欧州の9つのビッグリーグの今季の得点ランキングを見ると、多くのリーグで「外国人ストライカー」がリードしている。上位2人(1カ国だけ1位が3人なので上位3人)計19人の内訳は、リーグのある国の選手が5人と最も多いものの、残りの14人は外国人で、アルゼンチン人とコロンビア人が2人ずついるほか10人は別々の国籍となっている。
すなわちファーストクラスのストライカーは世界を見渡しても1カ国にひとりいるかいないかといった程度なのだ。だから必然的に「外国人」に頼らざるをえない。コリンチャンスも例外ではない。
本物のストライカーは計画的な「育成」というより、むしろ「発見」の対象に属する。何よりもカギになるのは、才能を見つけ出す目なのだ。
Jリーグが始まって20シーズン。今季の佐藤寿人(広島)で「日本人得点王」は6人(2人が2回獲得)となった。今季は得点ランキング上位3人に日本人選手が並び、「日本人ストライカー豊作の年」のように見える。だが日本代表の現状を見れば、20年間の経験でストライカーの才能を見抜く指導者が増えたかというと、まだまだの感が強い。
私は、天才的な「得点本能」をもつ少年は日本にも必ずいると思っている。欧州のトップリーグで得点王になり、所属クラブを世界チャンピオンに導くゴールを決める日本人選手をいつの日にか送り出すためにも、指導者たちの想像力あふれる努力に期待したい。
(2012年12月19日)
横浜、2012年12月6日―。来年で誕生150年を迎えるサッカーの歴史のなかに大きく残る日だ。
サッカーで初めて公式に「ゴールラインテクノロジー(GLT)」が使われたのだ。ボールがゴールにはいったかどうかを見きわめて主審に伝達するシステム。試合はクラブワールドカップのサンフレッチェ広島対オークランド(ニュージーランド)。主審はアルジェリアのジャメル・ハイムディだった。
現在国際サッカー連盟(FIFA)が認可しているGLTは、特殊なボールとゴール内に張った磁場を利用した「ゴールレフ」と、何台かの高速ビデオカメラを使う「ホークアイ」の2種類。横浜ではゴールレフ、同大会の4試合が行われる豊田ではホークアイが設置されている。
その名のとおり、GLTが使われるのは、ボールがゴールにはいったかどうかの見きわめに限られる。タッチアウトやオフサイド、ファウルなどには一切関与しない。
これまでのところ、クラブワールドカップではGLTが必要になるような際どい場面はないが、大会の残り5試合でそうした場面が生まれれば、日本のファンは「新時代」の証人となる。
さて、「サッカーでも機械判定が登場」などと紹介されるGLTだが、少し違う。
「キックオフの90分前にその試合の担当審判がチェックし、GLTを使うかどうかを審判自身が決める」とFIFAのバルク事務総長は説明する。大金をかけて導入しても、実際に使うか使わないかは審判に任されているというのだ。
「GLTも審判を助ける道具のひとつ」と話すのは、2010年ワールドカップで活躍した西村雄一主審だ。
「主審の腕につけた装置で副審から注意を喚起するシグナルビップや、審判員間で会話ができる無線システムなどと同じように、正しい判定をするための助けになるよう導入されたものなのです」
GLTは主審の腕時計に「ゴール」の信号を送るが、それを採用するもしないも主審に任されているという。最終判断を下すのは、あくまで審判なのだ。
絶対に勝てるシステムや戦術がないのは、サッカーが「ヒューマンゲーム」だからだ。主体が人間であることにこそ、サッカーの最大の魅力がある。
GLT導入は歴史的な出来事。しかしゴール判定が人間不在になったわけではない。最終判断は、いまも審判という人間に任されている。
(2012年12月12日)
「『良いクロス』って何だろう?」
コーヒーを飲みながら、友人とそんな話をした。「清武がヨーロッパでベストクロッサーに選ばれた」という話を聞いたからだ。
1960年代のダービー(イングランド)にアラン・ヒントンという選手がいて「ベストクロッサー」と称賛されていたのを思い出した。味方に得点させるためにサイドから中央に送るパスを「クロス」と呼ぶ。ヒントンは正確なキックで定評があり、そのクロスから数多くの得点をアシストした。
ドイツのニュルンベルクに所属する清武弘嗣。今季15試合のチームゴール14のうち、自ら3点を記録しただけでなく、実に5点をアシストしている。味方の頭にぴたりと合う彼のクロスこそ、このチームの生命線だ。
確かに得点に結びついたクロスは良いものに違いない。だがテレビ解説者が「良いクロスですね」と言うのを聞くと、最近、どうも結果論のように聞こえてならない。
クロスの多くは長身の相手DFにはね返される。狙いどおりのところにすばらしいボールを送ったと思っても、相手DFのポジショニングや対応が良ければシュートにさえ結びつかない。
攻撃側はニアポスト(クロスを入れる選手に近い側)とファーポスト(遠い側)に少なくともそれぞれ1人詰めるのが原則。ボールがけられるタイミングに合わせてそこに走り込む約束になっているから、ける側もイメージしやすい。だが当然のことながら相手チームもそこをしっかりと防ぎにかかるから、簡単ではない。
清武の場合、比較的高いボールがゴール正面、相手DFとDFの間に落ち、そこに走り込んだ味方がヘディングで得点するというアシストが多い。GKが出てこれず、しかもできるだけゴールに近い場所に落とさなければならない。超精度のキックが必要だ。
だがいくら正確なキックでも、それだけでは得点は生まれない。走り込む選手が清武から送られてくるボールのコースや特性特質を知り抜き、どんぴしゃりの場所とタイミングでジャンプしなければならないからだ。
「結局、『良いクロス』というものは存在しない。キッカーと詰める選手の、正確な技術と高度な相互理解による連係プレーがあるだけではないか」
私の結論に、友人は「何をいまさら」という顔をしながら、「サッカーはすべてそうだよ」と言った。
(2012年12月5日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。