先週土曜日(8月24日)、NHKのBSで「伝説の名勝負」として1968年メキシコ五輪の三位決定戦、メキシコ戦が90分間のフルタイムで放送された。最近発見された映像だという。
長い間、メキシコ五輪は日本サッカーの最大の誇りだった。その後の20数年間にわたる「冬の時代」、銅メダルの栄光は時を経るごとに輝きを増した。
しかし肝心の試合の映像は、得点シーンを除くと、日本で放送されたことはなかった。ファンは、新聞や雑誌の記事を得点シーンと結び付け、自ら「銅メダルの記憶」をつくり出すしかなかった。
試合は10月24日木曜日午後3時半キックオフ。日本時間では25日の午前6時半である。
当時神奈川県で高校2年生だった私は、通学途中にラジオの生中継を聞いていた。ところが横須賀線はトンネルだらけ。チャンスと思ったら雑音となり、トンネルを出たら2点目がはいっていた。
この試合の日本は、9人で守り、攻撃は杉山隆一と釜本邦茂の2人まかせだったような印象があった。しかし初めて見た90分間の映像は、そうではなかったことを示していた。
たしかにボールを支配され、深く引いて守りを固めざるをえない時間が長かった。だがいったん前線に起点ができると、FW松本育夫、MF宮本輝紀(故人)、渡辺正(故人)らが果敢にそしてバランスよく上がり、チャンスをつくったのだ。
現代のワールドカップに出場しても活躍できるとさえ思えるストライカー釜本の能力が目を引いたが、この映像で最も大きな驚きは渡辺の技術・センス・運動量だった。釜本の1点目は、ゴール前に走り込んだ渡辺に相手が引きつけられ、釜本へのマークが離れたことが要因だった。
11日間で6試合目とは思えないほど、選手たちは動き、集中を切らさなかった。この1試合のために2週間準備し、万全のコンディションで臨んだかのようだった。だが長沼健監督(故人)は、後にこう書いている。
「戦い終わって選手村に帰った選手たちは、ベッドに倒れて動くことができなかった」
銅メダルだけでなくフェアプレー賞も獲得し、競技内外での立派な態度を称賛された日本代表。最大の力は、全力を絞り尽くす規律の高さだった。
その真の姿が、言葉を必要としない90分間の映像として45年後の日本のサッカー界に届けられた。「伝説の試合」はそのベールを脱ぎ、「国宝」として私たちが永遠に誇りにできるものとなった。
(2013年8月28日)
8月17日のJ1第21節、広島×名古屋で興味深い場面があった。
0-0で迎えた後半12分、広島が右から攻め、MFミキッチが低いクロスを入れる。名古屋DFがはね返すと、ペナルティーエリア外で拾った広島MF青山がシュート。当たりそこないだったが、エリア内にボールを入れさせまいと名古屋MFダニルソンがとっさに食らいつき、かろうじて頭に当てる。
だがクリアしきれなかったボールは、ゴールのすぐ右に立っていた広島FW佐藤のところに飛ぶ。佐藤は反転しながらシュート。名古屋GK楢崎に防がれたが、決定的なシーンだった。
このプレー、6月までなら完全にオフサイドの判定が下るところだった。佐藤はミキッチのクロスに合わせてゴール右に走り込み、戻りきれずにそのまま残っていた。青山がシュートを放った瞬間、佐藤は名古屋の最終ラインより8メートルも前に出ていた。7月に施行されたルールの新解釈でオフサイドとならなくなったケースなのだ。
以前はDFがクリアしきれずオフサイドの位置にいた選手に渡った場合はオフサイドとされていた。しかし新解釈では、ただ体に当たった場合を除き、クリアしようとするなど守備側に意図的なプレーがあってボールに触れた場合には、その時点でオフサイドではなくなることになった。
近年、オフサイドルールは、条文の変更や解釈の明確化が行われるたびに守備側が不利になる。今回も、懸命にプレーしようとした結果うまくいかなければ、逆に(自分がボールに触れなければオフサイドになるはずだった)相手を利する結果になるという、守備側に厳しい形だ。
ルール改正の当事者たちには、得点を増やして試合をより面白くしようという意図がある。しかし今回の「新解釈」は少し行きすぎのように感じる。「クリアミスで渡ってもオフサイド」という以前の解釈のほうが、守備側の状況をシンプルにし、プレーの流れはより自然だった。
だがルールはルール。このときには、名古屋GK楢崎がベテランらしい見事な集中力で絶体絶命のピンチを救った。青山のシュートに備えていた楢崎。ダニルソンの頭からはねたボールが佐藤に向かうと、間髪を置かずに佐藤の足元に体を投げ出し、シュートをブロックしたのだ。
どうルールが変わろうと、プレーヤーがしなければならないことはただひとつ。「笛が鳴るまでプレーを続ける」ことだ。
(2013年8月21日)
きょうから始まる日本代表の国内3連戦。今夜の宮城と9月6日の大阪は完売し、9月10日の横浜も残席はわずか。3試合で約15万人ものファンを集めることになる。日本代表の人気は10年ワールドカップでの好成績を契機に盛り返し、以後衰えることを知らない。
その一方で、Jリーグは本当に地味な存在になってしまった。01年から08年にかけて平均入場者数を伸ばして2万人に手が届くところまできたものの、11年に東日本大震災の影響で1万6000人を割り、昨年は少し持ち直したが、ことしは第20節終了時で1万6000人をわずかに超えるといったところだ。
クラブはそれぞれのホームタウンに根を張り、愛される存在になって地域生活に貢献している。しかしJリーグ全体への関心は驚くほど低い。それがリーグのスポンサー契約獲得の苦戦やテレビ放映権収入の伸び悩みにつながっている。
日本代表人気でもわかるように、サッカーファンは増えている。それがJリーグにつながらない最大の要因は、欧州サッカーの「世界戦略」、日本のサッカーマーケットへの進出にある。日本のファンの使うお金が欧州サッカーに流れ込む一方で、Jリーグにはいっていかないのだ。
スターぞろいでテレビ映像も迫力ある欧州サッカーにファンが魅力を感じるのは自然の流れだ。だがそれによってJリーグが存立の危機に立たされるとしたら看過はできない。
世界全体を見ても、地元のプロリーグが衰退すればその国のサッカーの健全な発展は阻害される。サッカーから生まれる資金の欧州への「一方通行」を止める必要がある。
欧州サッカーのテレビ放映権料の何割かをその国のプロリーグに還流させたらどうか。たとえば日本の放送局が英プレミアリーグに支払う放映権料の2割をJリーグに入れるという形だ。
手始めに、ある国の「サッカーマーケット」がその国のプロリーグに属することを確認しなければならない。
そしてJリーグの主導下、アジアのプロリーグ同士が放映権を交換するなど互いのマーケットを尊重する形をつくり、これを世界的に標準と認めさせるよう働きかける。
欧州サッカーの放映権料で各国のプロリーグが活性化し、魅力を増せば、現在のような欧州とその他の極端なアンバランスは解消に向かうだろう。各国のプロサッカーのマーケットを守ることは、現代のサッカーにとって何より重要な課題だ。
(2013年8月14日)
韓国で東アジアカップが行われていた7月下旬、日本国内はマンチェスター・ユナイテッドとアーセナルのイングランド・プレミアリーグ2クラブの来日で沸いていた。
ユナイテッドには香川真司、アーセナルには宮市亮という日本人選手がいる。だがそれ以上に両チームの世界的スターへの注目が高く、オフ明けで十分なトレーニングもしていない時期ながら、Jリーグクラブとの4試合で19万3916人ものファンが集まった。
日本にきたのはこの2クラブだけだが、プレミアリーグの半数に当たる10クラブがこの時期にアジア、オセアニア、アメリカなどの「サッカー後進地域」に遠征した。「世界戦略」の一環としてだ。
大半の試合が満員となるプレミアリーグ。だが収入の大きな部分はテレビ放映権に負っている。今月17日に開幕する新シーズンでは前年比60%増の2500億円の放映権収入が見込まれ、優勝チームへの分配は史上初めて1億ポンド(約150億円)を超える。リーグ全体で年間約50億円の放映権収入しかないJリーグにすれば、まさに垂涎の的だ。
さらに驚くのが2500億円のうち約900億円が海外への放映権販売で得られ、ことし大幅に増額されたという事実だ。その主要な買い主はアメリカやアジア。プレシーズンを過ごす場所としてこれほどふさわしくない猛暑のアジアにユナイテッドやアーセナルがあえて遠征するのは、「マーケット」へのプロモーション活動にほかならない。
私は、イングランドを筆頭にした欧州サッカーが「マーケット」を世界に広げている状況こそ、現代の世界のサッカーが抱える最大の問題と考えている。
プロサッカーのマーケットとは本来その国の国境内のものであるはずだ。そうでなければ各国のプロリーグが健全に発展していくことはできない。ほんの20年前まではそれに近い状態だった。だがいくつかの要因が重なって欧州の主要国が世界のスターを抱え込み、瞬く間に国境を超えてマーケットを広げた。
「よりレベルの高いもの、より魅力のあるもの」をファンが求めるのは自然のことだ。だが現状を放置すれば、世界の多くの国で、もちろん日本を含め、プロサッカーが立ちゆかなくなる。
今季のJ1の平均入場者数約1万6000人。7月に日本で1試合平均5万人近くを集めた欧州サッカーの脅威からどうマーケットを守るのか、皆で知恵を絞る必要がある。
(2013年8月7日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。