「合計で100カ国を超すアジアとアフリカのワールドカップ出場枠が9.5しかないことを考慮すれば、合わせて63カ国の欧州と南米にその倍の19枠もあるのはおかしい」
国際サッカー連盟のブラッター会長の発言が波紋を呼んだが、再来年の会長選でのアジア・アフリカ票を狙ってのものだろう。
ワールドカップアジア予選を勝ち抜いた日本が欧州予選で敗退したセルビアとベラルーシに連敗するなど、ブラッター発言を後押しするような材料が見つからないのは寂しい。
さてアジア予選B組で日本とともに出場権を獲得したオーストラリアでは、今月ホルガー・オジェック監督(65)が解任された。
9月にブラジリアでブラジルに、そして今月はパリでフランスにともに0-6で敗れ、その夜に解任が発表された。新監督はギリシャ生まれのオーストラリア人、アンジェ・ポステコグル(48)だ。
オーストラリアは8カ月後のワールドカップだけでなく15年1月には地元開催のアジアカップで初優勝を狙っている。「若返りを図るための監督交代」と協会のロウリー会長は説明している。
だが、「若返り」は10年ワールドカップ南アフリカ大会後に就任したオジェック自身のテーマでもあった。10年大会の主力は4年前のドイツ大会とほとんど変わらず、多くの選手がすでに30歳を超えていたからだ。
その道が険しいことは、11年1月のアジアカップ(カタール)で明らかだった。欧州のトップクラブで活躍していたベテラン勢と比較すると、若手は欧州でも2部リーグのクラブなどでプレーするだけで、力の差が非常に大きかったのだ。
酷暑の中東での試合が続くという日程上の不利もあったが、今回のワールドカップ予選でのオーストラリアの苦戦は過渡期の苦闘でもあった。それでも予選終盤にチームをまとめ、2位通過にもっていったオジェックの手腕はさすがだっただけに、今回の解任はややフェアでないように感じた。問題の根源が、代表チームにハイレベルな選手を継続的に供給できないこの国の育成部門にあるからだ。
ひるがえれば日本は昨年のロンドン五輪で好成績を残し、17歳以下の代表はことしの世界大会でも高い評価を得た。だが20歳以下の代表は3回連続世界大会出場を逃している。
育成活動に完成はない。常に世界の潮流を研究し、刷新と改革を必要とする。オーストラリアを他山の石としなければならない。
(2013年10月30日)
「ここの問題は雪ではない。風なんだ」
(1970年代にこの国の代表監督を務めた英国人トニー・ナップ)
欧州大陸から千キロ以上離れ、北極圏に近い北大西洋の孤島アイスランド。そのサッカーが世界を驚かせている。ワールドカップ欧州予選でプレーオフに残り、初出場をかけてクロアチアと対戦することになったのだ。
10月15日の欧州予選最終戦、アウェーでノルウェーと1-1で引き分けてスイスに次ぎF組2位を確保。前半12分にMFシグルズソン(トットナム)のパスを受けたFWシグトルソン(アヤックス)の先制点が大きくものを言った。国民の百分の一にあたる三千人ものサポーターは、いつまでも選手たちと喜びを分け合った。
アイスランドは人口約32万。火山の国であり、1783年のラキ火山の大噴火による火山ガスは広く北半球を覆い、日本でも天明の大飢饉(ききん)の原因のひとつになったという。一方で「エコ」の国でもあり、電力はほぼすべてを水力と地熱でまかなっている。
緯度は高いがメキシコ湾に発する暖流の北大西洋海流に洗われ、冬の寒さは氷点下3度ほどにすぎない。しかし10月から4月にかけて風速20メートルを超す偏西風が絶え間なく吹き、それがサッカーの試合や練習を不可能にするとナップは語るのだ。
日本代表は過去この国と3回対戦した。1971年夏、欧州遠征でデンマーク相手に善戦した日本を見たアイスランドから招待を受け、予定を変更してレイキャビクに飛んだ。そして杉山隆一の連続得点により2-0で勝った。2回目は2004年にイングランドで3-2、そして昨年2月には大阪で対戦し、これも3-1で勝利。スウェーデン人のラーゲルベック監督就任初戦だった。
5月から9月に行われる国内リーグの平均観客数は千人を超える程度。だが過去10年間で育成用の施設を充実させ、現在では欧州各国のプロリーグで50人以上が活躍する。その急成長を証明したのが今回の予選だった。
昨年の9月に始まった予選、初戦でノルウェーを2-0で下したアイスランドは大奮闘を続け、ついにプレーオフの地位を確保して世界を驚かせたのだ。
試合は11月15日にホーム、そして19日にアウェー。相手のクロアチアはFIFAランキング18位(アイスランドは46位)の強豪。しかし本来なら「サッカーなど不可能」な11月のレイキャビクで、新たな驚きが起こらないとは誰にも言えない。
(2013年10月23日)
「シンジと会えるなんて、夢のようだよ」
イゴール・チュジョフさん(23)とロマン・レフチェンコさん(22)は、興奮を隠しきれない様子だった。
10月13日、前日ベラルーシ入りした日本代表が首都ミンスク市内で練習をした。その会場で待ち構えていたのが、ミンスク在住のふたりのマンチェスター・ユナイテッド・サポーターだった。
バスから降りてきたときの香川真司はふたりに手を振っただけだったが、練習後には笑顔で記念撮影やサインの求めに応じた。
「日本代表のアウェーゲーム」という視点しかもてなかった自分の不明を恥じた。選手たちは、日本人としてだけでなく、それぞれが所属するクラブの代表としてアウェーの地を訪れている。そしてファンと交流することで所属クラブや日本とその国の人びとを結び付けているのだ。
ベラルーシはソ連解体後の1990年に誕生した若い国。代表はまだ大きな大会の予選を勝ち抜いたことがない。今回のワールドカップ欧州予選も、残念ながら1勝1分け6敗で最下位に終わった。
だがベラルーシのサッカー自体には百年を超す歴史がある。
1910年に南東部のゴメルに最初のサッカークラブがつくられ、翌年には全国に広がった。1980年代には選手の大半がクラブの育成部門出身者で占められたディナモ・ミンスクが全ソ連リーグで優勝を飾り、MFアレイニコフ(90年代にG大阪でもプレー)ら数多くの選手がソ連代表に選ばれた。
そして現在は、日本代表とベラルーシ代表の試合が行われたジョジナの隣町のクラブ、BATEボリソフがリーダー役を果たしている。国内リーグ7連覇を誇り、昨年はUEFAチャンピオンズリーグでバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)に3-1で勝つという快挙で国民を熱狂させた。
実は日本代表とベラルーシの対戦は初めてではない。60年に欧州遠征中の日本代表がミンスクで「ベラルーシ代表」と対戦、FW川淵三郎らのゴールで日本が3-1の勝利をつかんでいるのだ。
それから約半世紀ぶりの訪問。日本代表は洗練されたパスサッカーでファンを楽しませただけでなく、ベラルーシの人びとにとってもアイドル的存在である香川のような選手のプレーも間近に見てもらうことができた。
大学生だというチュジョフさんとレフチェンコさんの感激に紅潮した顔が、半世紀の日本サッカーの成長を雄弁に物語っていた。
(2013年10月16日)
いよいよ大詰めだ。
日本では「ずいぶん昔」になってしまったワールドカップ予選。しかし世界では、来週火曜日(15日)に大きな節目を迎える。この日までに32の出場国のうち21が決まり、残りは11カ国となるのだ。
アジアは日本、オーストラリア、イラン、韓国が出場権を獲得。5位決定戦ではヨルダンがPK戦の末ウズベキスタンを下し、南米5位とのプレーオフ(11月)に臨む。
その南米では9月にアルゼンチンが出場を決め、残る3つの自動出場権を巡って5チームがつば競り合いだ。
ともに勝ち点22で自動出場権の4位を争うエクアドルとウルグアイが11日に対決。富士山七合目に当たる標高2850㍍のキトに遠征するウルグアイ(最高標高は514㍍)の粘りが試される。
北中米カリブ海地域ではアメリカとコスタリカの出場が決定して自動出場枠はあと1。残り2試合、ホンジュラス(勝ち点11)、パナマ(8)、そしてメキシコ(8)が争う。メキシコの苦戦は意外だが、残るホームのパナマ戦とアウェーのコスタリカ戦にかける。4位になるとオセアニア代表ニュージーランドとのプレーオフだ。
アフリカは10組の2次予選が9月に終了。各組首位の10チームが5組に分かれ、ホーム&アウェーでの最終予選が10月12日~11月19日に行われる。
そして出場枠13の欧州は9組による予選が15日で終了。各組1位が自動出場となり、2位9チーム中8つが11月のプレーオフに進出する。9月に1位を確定させたのはイタリアとオランダ。ベルギー、ドイツ、スペインも1位が濃厚だが、他は大混戦だ。
注目はH組のイングランド。首位にいるものの2位ウクライナ、3位モンテネグロとの差はわずか勝ち点1。残るモンテネグロ戦とポーランド戦ではホームの利を生かしたい。
11月20日に全32の出場国が決定するといよいよ12月6日の組分け抽せん会だ。
開催国ブラジルと、FIFAランキング上位7チームが「第1シード」としてAからHまで8つの組にはいり、あとは原則として同じ大陸のチームがグループに重ならないよう振り分けられる。
ランキングは10月17日発表のものが使用される。9月の上位はスペイン、アルゼンチン、ドイツ、イタリア、コロンビア、ベルギー、ウルグアイ。予選で苦しむウルグアイだが出場できれば第1シードになりそうだ。
開幕まで246日。ブラジル2014の足音が高くなってきた。
(2013年10月9日)
2011年1月のドーハ(カタール)滞在は、落ち着いた、とても楽しい時間だった。
1月7日に開幕し、29日に決勝戦を迎えたアジアカップ。ザッケローニ監督率いる日本代表が見事なサッカーで優勝を飾ったこともある。だがそれ以上に、1月のドーハの快適な気候が、穏やかで平和な雰囲気をかもし出していたからだ。
このカタールで行われる2022年ワールドカップの開催時期について、議論がやかましくなっている。今週の木曜日と金曜日に開かれる理事会で、国際サッカー連盟(FIFA)はこのテーマを検討する予定だ。
ワールドカップは6月~7月開催が原則。過去19回のワールドカップは、5月末開幕が3回あったものの、例外なく6、7月中に開催されてきた。
ところがこの時期のカタールは平均最高気温が40度を超し、日によっては50度にもなるという酷暑の季節。こんなことは開催決定時(2010年12月)に明らかだったにもかかわらず、最近になって問題化しているのだ。
スタジアムやファンフェスタを地域まるごと冷房するという開催案で、カタールは支持を得た。しかし自身カタールに一票を投じた欧州サッカー連盟のプラティニ会長は、決定直後から「冬季開催」を主張してきた。そして最近、FIFAのブラッターがそれに同調する考えを表明した。
気候の面では22年1月が理想だが、冬季五輪と重なってしまう。現状では同年の11月から12月という案を支持する人が多い。
だが反発もある。最も過激なのはイングランドだ。シーズンの最盛期に2カ月近くも日程を空けなければならないのは、前後3シーズンにわたって放映権料やスポンサー契約などで大幅な減収になるというのだ。ただ他の欧州主要国に「共闘」を求めたところ、ドイツを始めとした欧州諸国は「選手に負担のかからない冬季がいい」という意見が強く、現状では孤立状態だ。
FIFAの理事たちがカタールに票を入れた経緯はともかく、犯罪がほとんどなく安全なカタールでのワールドカップを私は楽しみにしている。世界の人びとがカタールのような穏やかなイスラム国を経験することは、21世紀の世界に大きなプラスになるはずだ。
だが開催時期はもちろん冬だ。6~7月ではない。ワールドカップはスタジアムやファンフェスタだけではなく、その国での滞在自体を楽しむもの。昼間出歩くことができない大会などありえない。
カリファスタジアム
(2013年10月2日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。