来年のワールドカップで「FKスプレー」が使用される?...。
ゴール近くでフリーキック(FK)が与えられたとき、ボールから守備側が離れなければならない距離(9.15メートル)を示すために、主審がピッチにスプレー式のペインターで線を引く道具。12月11日に開幕するFIFAクラブワールドカップ(モロッコ)で使われることになったのだ。
2008年にアルゼンチンで発明され、瞬く間に南米から中米にかけて広まった。ピッチ上に観客席からも見える白い線を引くが、1分もすれば消えてしまうのがミソ。人体に害はなく、芝生を傷めることもない。
FKのとき、主審は攻撃側にボールを置く場所を指示し、それから歩測で9.15メートルのところまで守備側を下げる。ところが、この間に攻撃側がボールを動かしたり、キックの前に守備側がじりじりと(ときに1メートル近く)前進してしまう。
スプレーはそれを妨げるために使われる。ボールの位置を小さくマークし、守備側が出てはいけない2㍍ほどの線を描くのだ。
大きな国際大会で初めて使用されたのは日本が参加する予定だった2011年の南米選手権。サッカーのルールを決める国際サッカー評議会(IFAB)の「実験許可」を受けての試験的使用だった。
その成果を受け、ことし国際サッカー連盟(FIFA)は公式2大会でテストを行った。トルコで開催された20歳以下とUAEでの17歳以下の両世界大会、計104試合だ。
「両大会計44人の主審の大半は、FKスプレーが有用であると報告しています」と説明するのは、FIFAのレフェリー指導部長を務めるM・ブサッカ。
「スプレーには明らかな抑止効果が認められます。違反がなくなり、両大会ではFKのときの距離不足によるイエローカードは1枚もありませんでした」
ただ「距離不足」による警告は最近ではあまり出ないようだ。今季これまでのJ1とJ2計740試合でこの理由での警告はわずか2回。104試合で警告0回は特異なデータとは言えない。
だが「少しでも有利に」と、攻撃側も守備側も小さなごまかしをするのがサッカーという競技の最大の欠点であることは間違いない。そのいらいらをスプレーが減らす効果は大いに期待できる。
クラブワールドカップでの成果を受けて来年3月のIFAB総会で使用が正式認可されれば、6月のワールドカップで使用される可能性も出てくる。
(2013年11月27日)
「現在扱っているのは5000アイテムほど。でもそのほかに売り物にはしない個人コレクションが1万5000冊以上ありますよ」
日本代表の取材でベルギーに行ったついでに、ある人に会いに行った。セルゲ・ファンホーフさんだ。
80年代の終わりにフリーになった私が最初に困ったのは手持ちの資料の少なさだった。社員時代に使っていた雑誌や書籍は会社のものだったからだ。
なけなしの収入をはたいて雑誌や書籍を買いまくった。そのなかでベルギー人ながら英語で世界のサッカーのデータを紹介するファンホーフさんの本はとても有用だった。とくに第1回大会から予選を含む全試合のメンバーや戦評を記した全4巻のワールドカップ史は非常な労作。私も大いに助けられた。
自ら本を書くだけでなく、ファンホーフさんは世界中のサッカー書籍や雑誌を仕入れ、販売している。その書店があるブリュッセルとアントワープのほぼ中間のレイメナム村に彼を訪ねたのだ。
私の想像では70歳過ぎの老記者。しかし迎えたのは長髪ジーンズ姿の中年男性だった。まだ48歳だという。
「外国のサッカーに興味をもったのは9歳のとき。ボリビアのサッカークラブの名を知ったことだった。図書館で調べるうちに、外国書がほしくなった」
だが苦労して集めた何百冊もの書籍は、大学の学費を工面するために泣く泣く手放した。卒業後に世界のサッカーを紹介する仕事につき、再び収集が始まる。ドリブルを得意とするサイドアタッカーだったが、視力低下で大学時代にプレーを断念、以前にも増して世界の情報を集めることに情熱を傾けた。
インターネットなどない時代、世界中に友人をつくり、ネットワークを広げることで書籍や情報を集めた。情報をまとめて出版もするようになった。
ネット時代の到来でいくらでも世界の情報が手にはいる今日。だが書籍を欲する人はまだ多いという。書店は田舎にあっても、メールで注文を受け、郵送するから問題はない。
「扱っている100カ国を超す国の本のなかには日本の書籍も。なかでもJリーグのイヤーブックは毎年引き合いが多いんです」
書店が20周年を迎える来年には公式サイトをリニューアルし、本の内容をよりわかりやすく、そして注文しやすくすると話す。徒手空拳でネット時代に立ち向かうドンキホーテのように想像していたが、どうして、時代の最先端にいるようだ。
Heart Books
(2013年11月20日)
ことしの世界サッカーの大きな驚きのひとつは、ベルギーがFIFAランキングで5位に躍進し、オランダ、イタリア、イングランドらを差し置いてワールドカップの第1シードに組み入れられたことではないか。
2002年ワールドカップで日本の初戦の相手となり、2-2で引き分けたベルギー。この大会でベスト16にはいったのを最後に国際舞台から遠ざかっていた。しかし14年ブラジル大会の予選は8勝2分けの無敗で独走、12年ぶり12回目の出場を決めた。
2007年6月に71位だったFIFAランキングは昨年5月のウィルモッツ就任時も44位、翌月は54位。だがその秋から急上昇し、ことし1月には20位、9月には6位、そして10月には5位。いまやワールドカップ優勝候補の声さえ上がる。
ベルギーは「英国外の世界最古のサッカー国」。1860年代にプレーが始まり、1878年に最初のクラブが誕生、1895年にサッカー協会が組織された。そして1904年にはフランスとともに国際サッカー連盟(FIFA)創設の主導者となった。
だが地元開催の1920年アントワープ五輪で金メダルを獲得したものの栄光は続かなかった。「中興」は1980年代。86年ワールドカップで4位と躍進した。しかし「赤い悪魔」の活躍も、2002年で途絶えた。
隣国のオランダが1970年代に世界に衝撃を与えるチームをつくり、以後ワールドカップ準優勝3回とサッカー大国の地位を確固たるものにしたのとは対照的に、ベルギーは地味な「二流国」に甘んじていたのだ。
大きな危機感を抱いたベルギーサッカー協会は選手の発掘と育成に力を入れ、2008年には北京五輪で4位という成果を得た。
そして昨年、ワールドカップ予選開始を前にマルク・ウィルモッツが監督就任。思い切って若手に切り替えたことがマジックを生んだ。ちなみにウィルモッツは2002年ワールドカップの日本戦の先制点得点者である。
イングランドのチェルシーで活躍するMFアザールだけでなく、何人もの若いアタッカーが彗星(すいせい)のように現れた。コンゴ生まれのFWベンテケ、旧ザイールの代表選手を父にもつFWルカクなどアフリカ系が増加しつつあることも、近年のベルギー代表の攻撃陣充実の大きな要因だ。
まるでシンデレラのような奇跡の主役ベルギーに、来週火曜日(11月19日)、日本代表が挑戦する。
(2013年11月13日)
ガンバ大阪のJ1昇格が決まった。
雨の11月3日、午後1時からホームの万博記念競技場で行われた試合でG大阪は熊本に4-0で快勝。その夜神戸と京都が0-0で引き分けたことで、「自動昇格圏」の2位以上が確定したのだ。
長谷川健太監督を迎えて今季のJ2に臨んだG大阪。開幕直後の3月は勝ちきれずに苦しんだ。5節まで1勝4分け、8位。中心選手のMF遠藤保仁とDF今野泰幸が日本代表で抜けた2試合は、ともに引き分けだった。
しかし第8節に山形に1-0で勝って2位に浮上すると、以後の大半は自動昇格圏をキープ。6月に遠藤と今野が5試合も抜けた期間があったが、4勝1分けで乗り切った。
8月末から10月上旬まで6試合で1勝2分け3敗という時期もあった。だが長谷川監督は「攻撃の形は非常に良くなってきている」と動じなかった。選手たちへの信頼は、その後の3連勝、12得点2失点の好結果となって結実した。7月にドイツから2年ぶりに復帰したFW宇佐美貴史のコンスタントな得点力も大きかった。
「このメンバーでJ2なら優勝して当然」と開幕前から言われたG大阪。その評価が相手に守備を固めさせ、試合を難しくさせた。
しかしシーズン後半になると吹っ切れたようにG大阪らしい攻撃が出るようになった。昇格を決めた熊本戦の先制点は、FWとしてプレーした遠藤の闘志あふれるダイビングヘッド。華麗なパスワークを売りものにしていた昨年までにはなかった形のゴールだった。
J1復帰はG大阪の新時代を予感させる。4万人収容の新スタジアムが2015年秋に誕生する予定だからだ。
ことし12月に起工、再来年の10月に完成の予定。総工費140億円の8割を企業や個人からの募金でまかなう建設計画は日本で初めての形。「自治体が税金で建設するスポーツ施設」ではなく、「サッカークラブが主体でつくるサッカースタジアム」。それは日本サッカーの新しい「夢の劇場」となるだろう。
J2降格でチームは結束し、9カ月間休みなく続く厳しいJ2に真っ正面から取り組んだことでG大阪はこれまでにないものを獲得した。来年のいまごろ、G大阪がJ1の優勝争いに加わっている可能性は十分にある。
降格がつらくなかったわけがない。しかしG大阪は逆にそれをバネとした。この1年間が、このクラブに新たな黄金時代をもたらす重要な要素になるようにさえ思えるのだ。
(2013年11月6日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。