「最後まであきらめない」
多くのプレーヤーが、そして多くのチームがそう宣言する。しかし言うは易く、実行するのは難しい。
2週間にわたって楽しませてくれたソチ冬季五輪。冬の競技ならではの数々の美しい映像が印象的だった。しかしそのなかで私が最も強いインパクトを受けたのは、女子フィギュアスケートの浅田真央選手だった。
サッカージャーナリストの大先輩・賀川浩さんはフィギュアスケートの報道においても超一流の記者だが、私はサッカーしか取材したことがなく、まったくの門外漢。その素人の目から見ても、浅田選手の精神力は衝撃的だった。
4年前の大会で銀メダルをとり、今回は金メダルの有力候補と言われていた浅田選手。しかし前半のショートプログラムで信じ難い失敗をして16位。誰よりも落胆したのは、浅田選手本人であったに違いない。しかも後半のフリーは翌日。この短時間に気持ちを整理し、再び集中するのは至難の業と感じたのは、私ひとりではなかっただろう。
トップクラスのスポーツ選手は何よりも勝負にこだわる。というより、強くなりたい、勝ちたいという気持ちを誰よりも強く持つ者だけが、トップクラスで競技することを許される。表面はどう装っても、他人の目に触れないところでは敗戦の悔しさにのたうち回るのがトップクラスのスポーツ選手なのだ。
浅田選手もフリーの演技が始まる直前までショックを引きずっていたようだ。しかしリンクに上がると集中しきった演技を見せた。その精神力、その強さに、心打たれなかった者がいるだろうか。
スポーツ選手にとっての最大の勝利とは、自らの弱さに打ち勝つことと、私は考えている。弱い自分自身を認め、だからといって勝負から逃げず、正面から向き合って、もっているものすべてを堂々と出し尽くす―。
長い間の心血を注いだ努力が金メダルという形で報われなかったのは、本当に残念だった。しかしソチでの浅田選手は、金メダルと比較することなどできない、「偉大」と呼んでいい勝利をつかんだのではないだろうか。
ソチが終わり、しばらくすると、人びとの関心は6月のワールドカップに向かっていくことだろう。アルベルト・ザッケローニ監督率いる日本代表は、浅田選手があんなに細い体で見せた「本当の強さ」を、ブラジルの舞台で発揮することができるだろうか。
(2014年2月26日)
Jリーグ3部、「J3」がスタートする。
1993年に10クラブで誕生し、7シーズン目の99年に2部「J2」が発足したJリーグ。それから15年を経て、新たなステージを迎えることになった。 J3初年度は12クラブに「JリーグU-22選抜」を加えた12チームで、3月9日から11月23日まで3回戦総当たりの全33節を展開する。
U-22選抜は興味深い。2016年のリオ五輪を目指す年代(1993年以降の生まれ)に限定し、試合ごとにその週末のJ1とJ2でメンバー入りしなかった選手から選抜する。
「これまで3年間かかった経験を1年で積ませる」と、チームを運営する日本サッカー協会の原博実専務理事兼技術委員長は語る。
だが長期的視野でより重要なのはJ3の存在そのもののはずだ。Jリーグが本当に日本全国のものとなる礎ができたからだ。
Jリーグは一昨年にJ1が18、J2が22クラブの定数に達し、初のリーグ外への降格が実施された。その一方で、日本全国にはJリーグ入りを目指すクラブや動きがさらに数十もあり、その多くが、「入場可能数1万人以上(J2)」というホームスタジアムなど、プロクラブとして規定された基準のクリアに苦しんでいるという事実がある。
J3はそのハードルを低くし(スタジアムは5000人以上)、本格的なプロクラブへの「導入段階」のような意味合いをもたせた。J3で地域に根差した活動を展開して理解を広め、まずはJ2基準のプロクラブづくりを目指してもらおうという考え方なのだ。
U-22選抜を除く11クラブには、東北の3クラブを始め、これまでJ1あるいはJ2のクラブがなかった県からの参加が5クラブもある。J2に新加盟の1クラブを含め、「Jリーグがある都道府県数」は、昨年の30から36へと増えた。
さらに「予備軍」がひしめき合っていることから、J3のクラブ数は急速に増えるだろう。J1の強豪がBチームを編成して参戦するかもしれない。5年後にクラブ数が24になり、東西2リーグになる可能性は十分ある。そのときには、日本の大半がJリーグで覆われることになる。
ことしは原則日曜日開催になっているが、観戦に最適な曜日・時間は地域やクラブによってさまざまなはず。全試合生中継という縛りがあるわけではないから、もっと自由にしたらどうか。J3が元気を発散し始めたら、Jリーグ全体が活気づくはずだ。
(2014年2月5日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。