「サッカーという競技の良いところは、最高の個人技をもっていなくても、チームとしての良いパフォーマンスで勝つ道がいつもあることだ」
強豪オランダを退けて来年フランスで開催される欧州選手権への出場権を獲得したアイスランド。スウェーデン人のラルス・ラーゲルベック監督は、最近のインタビューでこんな話をしている。
アイスランドは北大西洋に浮かぶ火山島の国。グリーンランドの南東に位置し、世界最北の独立国として知られている。首都レイキャビクは北緯64度13分。北極圏に近い。国の総人口は約33万人にすぎず、これからプレーオフで決まる4カ国を含めても、来年の欧州選手権出場24カ国のなかで最も小さな国だ。
意外なことにアイスランドの寒さはフィンランドやスウェーデンほどではない。しかし10月から7カ月間にわたって猛烈な強風が吹き続け、野外でのプレーを不可能にしてしまう。ようやく近年になって屋内スタジアムが7つも造られ、レベルが上がった。
日本代表は2012年2月に大阪でアイスランドと対戦した。「国際試合日」ではなかったため国内組だけ。アイスランドも北欧のリーグ所属選手だけでの対戦。前年10月にラーゲルベック監督が就任して初試合のアイスランドに対し、ザッケローニ監督就任2年目で前年にはアジアカップも制した日本が3-1で勝った。
アイスランドはこの年の秋から翌年秋まで開催されたワールドカップ予選で奮闘、プレーオフに進出したが、クロアチアに敗れた。しかし今回の欧州選手権予選ではオランダを相手にホームでもアウェーでも快勝、全10試合のうち2試合を残した時点で2位以内を確保、初出場を決めた。
予選のハイライトは無失点で連勝したオランダ戦。昨年10月のホームゲームではMFシグルドソンの2点で2-0の快勝。ことし9月にアムステルダムで行われた試合もGKハルドルソンの好守でしのぎ、後半に得たPKをシグルドソンが決めて1-0で勝った。チーム全員の献身的な守備とともに、攻撃に切り替わったときの果敢なランニングと相手ゴールに向かう姿勢は、まさにラーゲルベック監督が言う「チームとしての良いパフォーマンス」だった。
ラーゲルベック監督就任時に108位だったFIFAランキングは、4年後のこの10月には23位にまで上昇した。
「ルールは最小限にし、選手たちにプロとしての責任感を求めた」とラーゲルベック監督。何に対して責任感をもち、その責任感をどのような行動で示すべきか―。ワールドカップにも匹敵するメジャーな国際大会初出場は、アイスランドの選手たちが理解し実践した結果に違いない。
(2015年10月28日)
アウェー2試合を戦った10月の日本代表は、シリア、イランと対戦して1勝1分け。結果は悪くなかったが気になったことがあった。両試合とも、前半は苦戦し、後半になってようやく本来の力が出るという形だったことだ。
戦術面や相手の動きの影響もあるだろう。しかし見逃せない要素がピッチへの適応に時間がかかることだった。
オマーンのマスカットで行われたシリア戦では、午後5時のキックオフ後、日没とともに急激に湿度が上がり、芝に細かな結露がついてボールにからみついた。コントロールミスやパスミスが多かった原因は、このピッチに合わせられなかったことだ。
テヘランで行われたイラン戦では、芝生の深さに苦しんだ。香川や本田のパスがカットされたり、武藤がドリブルでボールを置き去りにしてしまったのはそのためだ。
日本代表選手の日常のプレー舞台はJリーグやブンデスリーガなど。スタジアムだけでなく練習場も良質の芝生が用意されている。それも、ワンタッチパスを多用する素早い展開のサッカーができるよう、短く刈り込んである。
しかしそうした芝生に慣れきってしまうと、別のコンディションでのプレーがとても難しくなる。良いピッチではボールは予想どおりの動きをするからボールから目を離して状況判断に集中することができるが、悪いピッチで同じようにすると思いがけないミスになってしまうのだ。
国立競技場に「夏芝」しか敷かれていなかった1980年代のトヨタカップで欧州勢が苦労したのは、枯れた芝という経験のないピッチ状態に適応しきれなかったためだった。
さて、日本代表の次の活動は11月のシンガポール戦とカンボジア戦。再びアウェー連戦だ。そして今度は、「人工芝」という、中東での試合とは別のピッチが待ち構える。
シンガポールの国立競技場では昨年ブラジルと対戦したことがある。最新の「ハイブリッドピッチ」。天然芝のピッチに人工芝を植え込んで良い状態を保つという触れ込みだが、昨年の試合時には天然芝の根付きが悪く、キックのたびに砂が舞い散っていた。
そしてプノンペンの国立競技場は人工芝。国際サッカー連盟の援助で昨年敷設されたばかりだが、ボールがバウンドするごとに黒いチップが飛散し、素早いパス回しに適しているか疑問だ。
どこで戦っても悩みになるのがピッチ。だがそれがホームアンドアウェーで戦うワールドカップ予選というもの。日本サッカー協会は身体接触に対して「たくましい」選手づくりを提唱しているが、どんなピッチにも合わせられるたくましさ、適応力も、重要な要素に違いない。
(2015年10月21日)
日本代表の親善試合の取材で、6日間ほどイランの首都テヘランに滞在した。
試合を取材するための報道ビザの発給がなかなかうまく進まず、シリア戦の行われたオマーンからイランに移動するまで冷や汗ものだったが、日本サッカー協会が奮闘してくれたおかげで無事入国することができた。そしていったん入国すると、期待どおり、テヘランは「天国」だった。
この街は10年ぶりの訪問。前回もこの国の人びとの心の優しさ、親切さには、強い感銘を受けた。
核兵器の開発疑惑でイランに対し国連が経済制裁を発動したのが2006年末。原油輸出が激減して経済は苦しいが、それでもテヘランは大きく発展していた。10年前には2系統しかなかった地下鉄が現在は5系統に増え、2008年には専用レーンを使う快速バスサービス(BTR)も始まって市民の足は飛躍的に良くなった。また10年前にはほとんど使えなかったインターネットも、いまでは不可欠なインフラとして普及している。
だがどんなに便利になっても、人びとの優しさと親切さはまったく変わっていない。
ペルシャ語などまったくわからないし、当然、その文字も読めない。それでも町を歩くのに何も心配はいらない。何か困ったことがあって立ち止まると、ほとんど即座にだれかが英語で話し掛けてきて教え、助けてくれるのだ。
ある店にはいって本屋の場所を聞いた。店を出るとひとりの美しい女性がすっと寄ってきて「こっちよ」と先に立って歩きだす。私と店員の話を聞いていたのだろう。道を2本渡り、さらに少し歩いて「ここよ」と示す。お礼を言うと小さくほほ笑み、彼女は来た道を戻っていった。
地下鉄の切符売り場で案内版を読んでいると、中年の男性が寄ってきて「どこへ行くのか」「片道でいいのか、往復か」などを聞き、窓口の女性に伝えてくれた。私はお金を出すだけだった...。
昨年ワールドカップが行われたブラジルでは、町を歩くときに緊張を解くことはできなかった。ひったくりや置き引きの被害にあった仲間の記者も少なくなかった。しかしテヘランでは、のほほんと歩いていても、危険な感じはまったくなかった。実際、犯罪率は非常に低いという。
2020年の東京オリンピックに向け、日本人は「おもてなし」に自信をもっているかもしれない。しかし道で困っている外国人観光客を、テヘランの人びとのように積極的に助けられるだろうか。東京都や組織委員会はテヘランに視察に行くべきだと、強く思う。テヘラン市民の間に当たり前のように根付いた心優しさや親切さには、大いに学ぶべきものがある。
(2015年10月14日)
明日(10月8日)、日本代表は2018年ワールドカップのアジア第2次予選E組の第4戦、シリア戦を迎える。これまで3戦全勝、この組で最も手ごわい相手だ。
会場はオマーンのマスカット。国立競技場にあたる3万4000人収容の「スルタン・カブース」で同じ日にD組のオマーン×イランがあるため、シリア×日本は1万2000人収容の「シープ・スタジアム」で開催される。
シリア北部のアレッポには5万3200人収容の美しい競技場(2007年完成)があるのに、なぜ2500キロも離れたマスカットで試合をするのかは、言うまでもない。「アラブの春」に端を発する内戦が2011年から続き、ロシアやアメリカの関与とともに大量の難民もからんでいまや世界的な問題となっているシリア。国際試合など行える状況ではないのだ。
正式名称「シリア・アラブ共和国」。2012年の資料では人口2240万だが、内戦と過激派組織ISの進出によって家を失った「国内難民」が760万人、それ以外に、国外に逃れた人が400万人を超えているという。
ワールドカップ予選のホームゲームを国外で行う―。とても考えられないことだが、現在39カ国で行われているアジア第2次予選ではそう珍しいことではない。日本やシリアと同じE組のアフガニスタン(隣国イランで開催)、F組のイラク(隣国イランで開催)、G組のミャンマー(隣国タイで開催)、そしてH組のイエメン(カタールで開催)と、実に5カ国が自国内で開催できない状況にある。
中東の4カ国は治安悪化が原因だが、ミャンマーは国際サッカー連盟(FIFA)の制裁によるもの。2014年大会予選のオマーン戦で観客がペットボトルや石を投げ込んで没収試合になったためだ。FIFAは当初ミャンマーに「1大会出場停止」を言い渡したが、後にホームでの開催だけを取り上げた。
オマーンは「右向きのブーツ」の形をしたアラビア半島の「つま先」あたりの国。首都マスカットは10月の一日の最高気温が平均で34度。まだ非常に暑い。すでに現地に到着しているメディアは「39度の猛暑」と伝えている。試合は午後5時(日本時間午後10時)キックオフ。しかし日本が警戒しなければならないのはその暑さだけではない。
シリア代表選手の何人かは首都ダマスカスのアルワハダ・クラブ所属だが、大半はイラクなど周辺国のクラブでプレーしている。そうした立場でシリア代表の赤いユニホームを身に着けるとき、選手たちの胸にどんな決意が湧くのかを想像するのは、そう難しいことではない。
(2015年10月7日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。