もうゴール判定に間違いは起こらない?―。
先週金曜日(1月22日)、欧州サッカー連盟(UEFA)は今夏フランスの10都市で開催される欧州選手権で「ゴールラインテクノロジー(GLT)」を使用すると発表した。
チップ入りボールや高速度ビデオカメラなどの科学技術を駆使し、ボールがゴール内のゴールラインを完全に越えたかどうかを瞬時に判定して主審に伝えるGLT。国際サッカー連盟(FIFA)が2013年に正式採用し、イングランドのプレミアリーグなどが追随した。
スピードが増し、瞬く間に攻守が入れ替わる現代のサッカー。主審1人と副審2人、計3人の審判員で行う伝統の判定法が限界にきているのは明らかだった。FIFAは早くからGLT導入を検討、ようやく信頼性の高いシステムが完成したのが2013年だった。
ところが世界最大のサッカー勢力であるUEFAは採用を見送った。「判定はあくまで人間の力で行うべき」というプラティニ会長の強い意向によるものだった。そしてこちらも長年研究してきた「追加副審」をFIFAに認めさせ、2013年以来、主催大会で使い始めた。
タッチライン際でオフサイドなどを監視する従来の副審2人に加え、両ゴール裏に立ってペナルティーエリアを中心に監視して主審にアドバイスする2人の副審。UEFAチャンピオンズリーグを筆頭に世界のいくつかのリーグで採用されて好評だ。Jリーグでも村井満チェアマンが導入を熱望しているという。
しかしどちらのシステムにも長短はある。「万能」に思えるGLTだが、マラドーナの「神の手」(ハンドでの得点)はゴールと認めてしまうだろう。ゴールラインを越えたか越えないかの判定に特化したシステムだからだ。一方の追加副審も、交錯する選手に視線をさえぎられるとゴールラインを越えたかどうか判定が難しい状況が生まれる。
今回、UEFAがGLTを採用した背景には、プラティニ会長の失脚がある。だがそれ以上に注目すべきは「両者併用」にしたことだ。UEFAは新たにGLTを導入するとともに、熟成度を増してきた追加副審も残す。「GLTか追加副審か」ではなく、両方とも使ってとにかく正確な判定を期そうというのだ。
「追加副審がゴールラインを見ようとすると重大なファウルを見逃すおそれがある。GLTの採用で、追加副審はプレー自体の監視に集中することができる」(UEFAのコリーナ審判部長)
今秋からのUEFAチャンピオンズリーグでも採用される「両システム併用」。成果に注目したい。
(2016年1月27日)
夢の技術がある。「バックスピン」のかかったパスだ。
カタールで行われている男子のオリンピック予選、2戦目のタイ戦で日本の快勝の大きな要因となった前半27分の先制点。相手GKのキックをDF奈良竜樹がはね返し、MF矢島慎也がつないだボールをMF遠藤航がワンタッチで相手DFラインの裏に出す。それを追ったFW鈴木武蔵が頭のワンタッチで前に出し、次の瞬間に右足を振り抜いてゴール右隅に決めた。
鈴木のシュートは本当に見事だったが、私の目を引いたのは遠藤のパスの妙なバウンドだった。鈴木は相手DFより前に出ていたわけではなかった。普通のバウンドだったら相手が先に触れ、シュートはできなかっただろう。しかし遠藤のパスはワンバウンドすると前ではなくやや右に戻りぎみに弾んだ。それを鈴木が驚異的な反応で頭に当て、シュートにもち込んだのだ。
相手DFラインの裏へ浮き球を送るパスは難しい。弱ければDFにカットされるし、強いとバウンドしたボールがGKまで行ってしまう。だがもしボールの下側を鋭くけって「バックスピン」をかけることができれば、GKに取られずにチャンスができる。
しかし小さなゴルフボールやテニスボールをクラブやラケットで打つならともかく、サッカーボールでそんなことができるのだろうか。
そんな「夢のキック」を初めて見たのは1991年11月、日本サッカーリーグの「コニカカップ」決勝戦だった。トヨタ対本田。1-1で迎えた前半32分、トヨタのMFジョルジーニョがゴール正面からけったFKは相手DFラインの裏に落ち、ブレーキがかかるように戻った。走り込んだMF江川重光がこれを拾ってゴールにけり込んだ。
現在札幌でプレーするMF小野伸二は日本サッカー史上最高のテクニシャンだ。2001年、札幌ドームでの日本代表対パラグアイ戦。彼は相手ゴールに向かって自陣から左足で40メートルのパスを送り、FW柳沢敦の先制点をアシストした。GKチラベルトはロングパスをけり返そうといちどは前進したが、バウンドを見て慌てて戻ろうとした。しかし間に合わなかった。
小野はワールドカップでも夢の技術を見せた。2002年大会初戦のベルギー戦。このときは右足で自陣から相手陣深くに40メートルを超すパスを送った。走り込んだのはFW鈴木隆行。ワンバウンドして戻るボールを、いっぱいに伸ばした右足のつま先で流し込んだ。
遠藤は意図的にバックスピンをかけたのか、それともピッチ状態によるものだったのか―。だがともかく、相手DFから逃げるように絶妙に弾んだボールは、オリンピックへの夢を大きく引き寄せた。
(2016年1月20日)
アラビア半島東岸の半島国カタール。首都ドーハの1月はとても快適だ。
日中は半袖で過ごすことができるが、日没とともに涼しい風が吹き、ジャケットがないと寒いほどになる。まさに「サッカー向き」の季節だ。
そのドーハで、日本の若い代表チームがリオ五輪出場権をかけた戦いに挑む。U-23アジア選手権。第2回の今回はリオ五輪の予選を兼ね、出場16チーム中上位3チームに出場権が与えられるのだ。
1992年のバルセロナ大会から「23歳以下」となったオリンピックのサッカー。そのアジア最終予選は2000年のシドニー大会以来「ホームアンドアウェー」形式で行われていた。4チームずつ3組に分け、グループ1位にならなければならない形も厳しかったが、ホームでしっかり勝ち点を重ねることにより、苦戦しながらも日本は連続出場を果たしてきた。
だが今回は20年ぶりの集中開催。1次リーグを2位以内で突破し、さらに決勝トーナメントを勝ち上がっていかなければならない。こうした形式の大会で、ここ数年、日本は「準々決勝敗退」を繰り返している。負けた試合の大半は、優勢に試合を進めながら勝ちきれないという内容。一発勝負の厳しさと言える。
いろいろな事情で、今回のU-23は十分なチームづくりの時間を与えられなかった。昨年12月からはかなり集中して遠征や合宿ができたが、FIFAクラブワールドカップや天皇杯、そして海外クラブとの約束などで、全員がそろったのは1月2日に日本を出発する当日のことだった。
しかし現地にはいってからの練習試合で強豪のシリアとベトナムに連勝。課題だった得点力向上の兆しが見える。手倉森誠監督が強調してきた「ダイレクトに相手ゴールを目指すプレー」が浸透し、チームとしてアグレッシブに前へボールを運ぶ意識が共有されるようになった結果だ。
大きな強みは、2年前にオマーンで開催されたこの大会の第1回大会に出場した選手が、23人のなかに12人も含まれていることだ。第2回大会がリオ五輪予選を兼ねることが決まっていたため、第1回大会で日本は制限年齢より2歳下の選手たち、すなわち、今回の制限年齢の選手だけで臨んだ。準々決勝でイラクに0-1で敗れた悔しさを、選手たちは忘れていない。
非常に大きな意味をもつ今晩の初戦の相手は北朝鮮。昨年8月にハリルホジッチ監督率いるA代表が1-2で敗れたときに出場していた選手2人を擁する手ごわい相手だ。
ほぼ3日に1試合、6試合を戦い抜かないとつかめない「リオへの切符」。特定のエースに頼ることはできない。総合力が問われる戦いだ。
(2016年1月13日)
2016年。サッカーにとって大きな岐路の年だ。
昨年来のスキャンダルの嵐のさなか、国際サッカー連盟(FIFA)は2月26日に新会長を選出する選挙を行う。すでにさまざまな改革案が出されているが、新会長の下で根本から改革ができるのか、大事なのは選挙後だ。
日本でも、創立95周年を迎える日本サッカー協会で初の「会長選挙」が行われる。2013年のFIFA総会で傘下の全協会がFIFAの定めた「標準規約」に準拠した規約制定を義務づけられたからだ。
「公益財団法人日本サッカー協会」は、当然、日本の法律に縛られている。それによると「評議員会」によって理事会のメンバーが選ばれ、選ばれた理事たちの互選で代表者(会長)を決める。これまで日本協会会長が新理事会で決められてきたのは法律に沿ったものだった。だが登録チームや選手たちから遠いところで会長が決まっているという印象は否めなかった。
FIFAの標準規約では会長選挙の実施が必須。FIFAとの調整で時間がかかったが、ようやく今回実現した。
昨年12月1日から「立候補の意向者」を受け付け、原博実専務理事と田嶋幸三副会長がその意向を表明した。
しかし必ずしもこの2人だけが候補者になるわけではない。現理事(28人)と評議員(75人)が投票を行い、理事投票で1位になった人と、評議員投票で7票以上を得た人全員が候補者となる。
12月23日に始まったこの投票はきょう1月6日に締め切られ、その後、資格を満たしているか、小倉純二名誉会長を委員長とする「選出管理委員会」が審査、会長候補者となる意向の確認後、1月21日(木)に最終候補者が告示される。最終的な「選挙」は10日後の1月31日(日)に行われる臨時評議員会。過半数を得た者が「会長予定者」となる。この時点で正式決定にならないのは、国内法で新体制の第1回理事会(3月27日)を経る必要があるためだ。
ところで、「評議員って何?」との疑問があるだろう。
日本サッカー協会を構成する単位の代表者と考えればいい。かつては47の都道府県協会から1人ずつ、計47人だった。だが現状に合わせて昨年75人に増やされた。Jリーグを筆頭にした各種連盟やJ1の18クラブからそれぞれ代表者を入れたのだ。すなわち、評議員とは、日本全国のサッカーチームや選手の意思を代表する者ということになる。
「日本代表強化」を柱にすると話す原専務理事か、「育成」の重要性を訴える田嶋副会長か、あるいは...。
この選挙を通じて、日本サッカー協会がより開かれた組織になることを期待したい。もちろん何より大事なのは、FIFAと同様、新会長が当選後に何をするかだが...。
(2016年1月6日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。