「先覚者」大相撲から遅れること半世紀でようやく「ビデオ判定」の時代を迎えるサッカー。3月3日にロンドンで開催された国際サッカー評議会(ルール制定組織=IFAB)の年次総会では、ビデオ副審(VAR)のテスト導入の継続が確認された。
昨年来、いくつかの国の下部リーグ、国際親善試合、そして12月に日本で開催されたFIFAクラブワールドカップ(FCWC)でテストが実施され、FCWCでは試合結果を左右する2つの判定がVARのアシストで行われて大きな話題となった。
ことしのテスト結果が良ければ、来年の6月から7月にかけてロシアで開催されるワールドカップでの採用が期待されている。すでに使われているゴール判定装置(GLT)との組み合わせにより、試合結果を左右する判定のミスはほぼなくなるはずだ。
そしてことし、2年目のテストには、注目の大会が加わる。メジャーなリーグとして初めて、日本人選手も多数プレーするドイツのブンデスリーガ1部全306試合にVARが導入されるのだ。しかもブンデスリーガのVARシステムは、昨年テストが行われた各国リーグより一歩進んだものになるという。
昨年のテストでは、試合ごとにスタジアム外に置かれたバンのなかにモニターを並べた部屋を設け、そこでVARがリプレーを見ながらピッチ上の主審に無線で情報を伝えるという形だった。しかしブンデスリーガでは、ケルンにある放送センターに設けた部屋にVARが陣取り、ドイツ全国の18スタジアムとの高速専用回線を通じてピッチ上のレフェリーとやりとりをするという。今後の欧州のトップリーグのスタンダードになりそうなシステムである。
VARシステムでとくに重要なのがピッチ上のレフェリーとVAR間のコミュニケーションだ。的確なタイミングで、明確な言葉で伝えないと逆に大きな混乱のもとになってしまう。ブンデスリーガでは現在主審として活動している23人のレフェリー全員に各自2回ずつのVARトレーニングを行い、この春のうちにもう1回ずつのトレーニングが行われる。さらにはブンデスリーガ・レフェリーの「定年」である47歳を超えた人のなかから、VAR専任者も使う予定だという。
Jリーグは今季放映権契約が変わり、映像制作態勢も変わった。しかし開幕から数節を見る限り、決定的な場面を確実に検証する角度からの映像がない場合も多く、VARシステムを実施するレベルにはまだ遠いように感じる。資金力が決め手になる分野だけに、広がり続ける「世界」との差に暗然たる思いがする。
(2017年3月29日)
明日(3月23日)夜、日本代表はアルアインで地元UAEと今回のワールドカップ予選で最も重要な試合に臨む。勝てば「ロシア行き」に大きく前進する。勝てなければ非常に苦しい状況に追い込まれる。
UAEはこれまでの予選ホームゲームのすべてをアブダビで戦ってきたが、日本戦はアルアインに会場を移した。
代表チームのベースのひとつがアルアインFC。昨年9月の日本戦では、エースのMFオマル・アブドゥルラフマンを筆頭に先発のうち6人がアルアインFCの選手だった。紫のユニホームで知られるアルアインFCは、2003年の第1回AFCチャンピオンズカップ優勝チームである。
アルアインは内陸のオアシスの町。「アイン」とはアラビア語で「泉」を意味する。周辺には、荒涼とした砂漠が広がっている。
アラビア半島の東にあるUAE(アラブ首長国連邦)。アルアインは連邦を構成する7つの首長国のひとつアブダビ首長国に属し、ともにペルシャ湾に面する連邦首都のアブダビ、連邦最大の都市ドバイとは、いずれも130キロほどの距離で「正三角形」のような位置関係になる。オマーンとの国境の町でもある。
ここに人類が住み始めたのは紀元前5000年、日本でいえば、縄文時代中期だという。周囲には当時からの遺跡が点在しており、「アルアインの文化的遺跡群」として2011年に世界遺産に登録された。
1996年12月のアジアカップでこの町に2週間ほど滞在した。グループリーグから準々決勝まで、日本の全4試合がここで行われたからだ。
日本の試合がない日には大会組織委員会が出してくれたメディア用のバスでアブダビやドバイの試合に出掛けた。試合が終わってアルアインに帰るのは夜中過ぎ。町が近づくと、この町のシンボルと言っていいハフィート山のシルエットが迎えてくれた。
現在は世界遺産の一部になっている標高1249㍍の岩山には、その稜線(りょうせん)に添うように道路が敷設され、街路灯が夜空に山のシルエットを浮かび上がらせていたのだ。アブダビやドバイからの「バス旅行」はわずか2時間。それでも、単調さに飽きたころに現れるハフィート山のシルエットは「やっと帰ってきたな」という感慨に似た感情を生んだ。砂漠を越えてアルアインに向かった昔のアラブ商人たちも、きっと同じ思いを抱いただろう。
明日の試合が行われるハッザ・ビン・ザイド・スタジアムは2014年に完成したばかりのサッカー専用競技場。収容は約2万6000人と小ぶりだが、UAEで最も熱いサポーターが待ち構える。日本代表の奮闘を期待するばかりだ。
photo by Y. Osumi
(2017年3月22日)
上田益也主審が試合を止めたのは前半11分過ぎだった。
12日に岐阜の長良川球技場で行われたJ2のFC岐阜×松本山雅。上田主審は両チームの役員と話すと、そのまま3分後に試合を再開した。ビジターの松本にユニホームの交換を求めたのだが「ない」という返事だったからだ。
両チームの第1ユニホームはともに深い緑。午後2時キックオフの試合には、松本からも3000人のサポーターがかけつけ、スタンドは「緑一色」になった。当然、松本は「第2ユニホーム」の「グレー」を用意した。
だが試合が始まると両チームのユニホームが非常に見分けにくいことがわかった。松本の「グレー」が濃く、岐阜の緑とトーンがほとんど同じだったためだ。両チームはミスパスを連発し、前半11分のプレーで不満が爆発した。
左サイドを岐阜が攻め上がる。DF福村がスピードに乗ったドリブルで突破。クロスははね返されたが、相手ペナルティーエリア内でMF永島が拾い、エリア手前中央にいたフリーの「味方」に落とした。もちろん、シュートさせようとしたのだ。だがそれは味方選手ではなかった。松本のMF工藤だったのだ。
選手たちからのアピールに上田主審も同意したが、松本の第2ユニホームは着用のものだけ。結局前半はこのままプレーし、ホームの岐阜が後半からシャツだけ「第2」の白にして試合を終了させた。Jリーグ25シーズンの歴史でも前後半でユニホームの色を変えたのは初めてのことだ。
日本サッカー協会の規定で公式大会には正副2組のユニホームを用意しなければならないことになっている。Jリーグではシーズン前に1試合ごとにアウェーチームが使用するユニホームを決める。そして試合前にも主審が両チームのユニホームを確認する。
だがいずれも、室内で行う作業である。晴れた日のデーゲームなら区別はついても、夜間の試合だとわかりにくいという例も少なくない。選手たちまで間違うというのは論外だが、その試合のピッチ上でスタンドの観客からどう見えるか、最も重要な視点が欠如していたことが今回の「事件」の最大の原因だった。
「第2」が原則白というなら問題は少ない。しかしクラブは毎年さまざまな色に変える。レプリカユニホーム販売のためだ。前の年と違うものを考える余り、相手チームのユニホームと区別のつかないものをつくってしまう。
両チームのユニホームが見分けにくいというのは「プロ失格」と言っていい恥ずべき出来事だ。そしてその原因の一端が売り上げ優先で観客の見やすさという視点を失った「ファン不在」にあるなら、その罪はさらに大きい。
(2017年3月15日)
「バックスタンドの背後がすぐ海で、その向こうには企救半島の山々を望むことができます。関門海峡や下関も見えるんです。潮風に吹かれながらの観戦は、きっと最高の気分だと思いますよ」
興奮ぎみに語るのはJリーグでスタジアムプロジェクトを率いる佐藤仁司さん。そしてその夢のようなスタジアムとは、3月12日に開幕するJ3のギラヴァンツ北九州の新しいホーム、「ミクニワールドスタジアム北九州」である。
2008年以来、北九州は市の西部にある市立本城陸上競技場で試合を開催してきた。だが2010年にJリーグ(J2)に昇格すると、アクセスの良い球技専用スタジアム建設の要望が高まった。市は2012年に計画をまとめ、2015年4月に着工、ことし1月末に完成した。
何より交通の便が最高だ。山陽新幹線も停車するJR小倉駅から北へ500メートル。歩行者専用デッキを使い、最後は専用の巨大歩道橋を渡って信号なしで7分で着く。小倉は九州の玄関口であると同時に百万都市北九州の中心地。まさに「町中スタジアム」だ。
西側のメインスタンド、南北の両ゴール裏スタンドは総屋根式の二層構造。しかし東側のバックスタンドは屋根がなく、わずか11列の一層式。当初の2万人規模の予定を1万5000人規模に縮小したことで、海中からそそり立つ2階席建設が先延ばしになったためだ。だがそれが、海に向かって開けた希有なスタジアム景観をつくりだした。
この東側スタンドは高さが6.5メートルしかなく、すぐ背後は海。2月18日にこけら落としとして行われたスーパーラグビーのサンウルブスの試合でもいちどボールがスタンドを超えてしまい、主催者であるラグビー協会が用意したゴムボートで回収したという。「海ポチャ」は、Jリーグの新名物になるかもしれない。
建設費は約100億円。うち30億円をスポーツ振興くじ(toto)の助成金でまかなった。年間の維持費は借地料を含めて1億5000万円と見積もられ、地元の不動産会社が命名権を取得して年間3000万円を負担する。
J2加盟以来、ギラヴァンツ北九州は着実に力をつけ、昨年秋、新スタジアムがJ1規格を満たしたことで「J1ライセンス」も取得した。しかし昨年のJ2では信じ難い不調に陥り最下位。新スタジアムの初年度を初のJ3で迎えることになった。
だが夢のような新スタジアムで間近に選手たちに声援を送ることができるようになったサポーターたちの士気は高い。原田武男新監督の下で迎えるJ3開幕のブラウブリッツ秋田戦は、市主催の「ミクスタ」開場式に続いて行われる。ギラヴァンツにとって、新しい歴史のスタートだ。
(2017年3月8日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。