「きょう、ドーハは気温22度です」
11月21日、カタールの首都ドーハに住む友人からこんなメールがきた。この日、ドーハはちょうど4年後に迫ったワールドカップの開幕予定日にあたり、さまざまなイベントが開催されていた。
「気温22度」は、アラビア半島の暑さを懸念する人びとにとって「グッドニュース」に違いない。2022年の11月21日から12月18日まで28日間にわたって開催される第22回ワールドカップは、プレーする側にとっても見る側にとってもサッカーに最適な気候に恵まれるだろう。
「すべてのスタジアムが地上移動で1時間圏内にあるコンパクトさ、完備したインフラ、そして快適な気候。2022年大会は、『史上最高』と言われたことしのロシア大会を上回る大会になるだろう」
この1カ月前に視察に訪れた国際サッカー連盟(FIFA)のインファンチーノ会長は、自信満々に語った。
2010年12月に開催が決まったカタール大会。実質的に「都市」と呼ばれるものはドーハひとつしかなく、しかも通常ワールドカップが開催される6月から7月には日中の気温が40度から50度にもなる国での開催決定はスキャンダラスなものだった。実際、この決定をきっかけに、5年後には多くのFIFA幹部が汚職容疑で逮捕されるという大事件に発展した。
しかしFIFAが新体制になってもカタール開催は覆らず、大会期間を11月〜12月の冬季にすることも決定。当初12会場だった予定を8会場にする計画もまとめられて、宿泊施設確保の課題は残るが、準備は着々と進んでいる。
主会場のひとつであるハリファ国際競技場は昨年5月に大改修が終わり、決勝戦が行われる8万人収容のルイサル・スタジアムも2020年には完成する予定だ。インファンチーノ会長は完成したばかりのメトロ(地下鉄)の試乗も経験した。「インフラ整備」の目玉であるメトロは、年末までに本運行が始まるという。
今夏のロシア大会は本当にすばらしい大会だった。インファンチーノ会長の言葉どおりそれを上回る大会になるかどうかはわからない。ただひとつ、カタール大会が世界の人びとにこれまでの世界規模の競技会になかったものを提供するのは間違いない。初めてのイスラム圏での開催だ。
百万人を超す人びとが世界から観戦に訪れる。多くの人にとって初めてのイスラム世界の経験は、きっと、驚きと発見と、そして何よりも、それまで知ることのなかった価値観との出合いとなる。それは、分断化が進む一方の21世紀の世界に小さからぬインパクトとなるだろう。
4年後、快適なドーハが世界の人びとを待っている。
ハリファ国際競技場(模型)
(2018年11月28日)
「よくはいっているな」
終盤を迎えたJリーグの戦いを見ながらそう感じた。得点ではない。観客である。
2節を残して川崎フロンターレの連覇が決まったJリーグだが、後半戦は多くの試合で観客席がよく埋まっている印象があった。調べると、ワールドカップによる中断明け以後の17節、全153試合のうち、3割強にあたる48試合で「ほぼ満員」と言ってよいキャパシティの8割以上の入場者数を記録していた。
11月3日(祝)を中心に行われた第31節は、9試合の平均入場者が2万4634人。今季最多だった。そのうち川崎(対柏)、湘南(対清水)、磐田(対広島)、名古屋(対神戸)、鳥栖(対長崎)の5試合が8割超えだった。
ワールドカップによる約2カ月間の中断があったため、今季のJリーグは過密日程を強いられ、「水曜日開催」が4月から8月にかけて6節もあった。ちなみに昨年は1節だけである。そしてその6節のうちお盆休み期間の第22節を除く5節の平均入場者数は1万1578人。第32節までの全288試合の平均(1万8747人)を大きく下回った。さらに7月、9月と2回にわたってJリーグの試合日が台風の直撃を受け、計5試合が延期を余儀なくされた。
こうしたネガティブな要素が重なったにもかかわらず、残り2節の時点で昨年の平均(1万8883人)に近い入場者数を記録していることは高く評価されていい。
理由のひとつに「イニエスタ効果」がある。7月にヴィッセル神戸に加入したスペインのスーパースターは、以後ホーム、アウェーにかかわらず、欠場の試合を含め(!)ほとんどのスタジアムを8割超えの観客で埋めた。今季後半戦の盛り上げのひとつの要因となったのは間違いない。
だがそれだけではない。今季終盤は「アジア・チャンピオンズリーグ枠争い」や「残留争い」に多くのチームがからみ、サポーターの熱気を高めた。そして何より、1人でも多くのファンにスタジアムにきてもらおうと知恵を絞ってきた各クラブの継続的な努力の結晶でもある。
「満員のスタジアム」はそれだけで価値がある。観客席がぎっしりと埋まると、まったく別の世界が生まれ、まさに「夢の劇場」となるのだ。
ところで、今季も入場者数1位は浦和レッズ(3万4798人)だが、これまでのホーム16試合のうち実に15試合で8割超えを記録しているクラブがある。川崎だ。1試合平均2万3237人は、キャパシティ2万6727人の実に86.3%。年間での8割超えはただ1つだ。常に満員、常に「夢の劇場」を実現し続けた川崎は、やはり「チャンピオン」にふさわしい。
(2018年11月14日)
2−0で先勝し、「アジア王者」に王手をかけた鹿島アントラーズ。11月10日にペルセポリスとのアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝第2戦を戦う舞台が、イランの首都テヘランの西郊にあるアザディ・スタジアムだ。
現在の収容人員は約8万だが、2005年3月に「ジーコ・ジャパン」がイランと対戦したワールドカップ予選は男性ばかり11万人の観客で埋まり、異様な雰囲気となった。
イラン・サッカーのシンボルとも言うべきこのアザディ・スタジアムで、先月歴史的な「大事件」が起きた。いま「イラン」と言えばアメリカによる経済制裁強化の話題ばかりだが、こんな話もある。10月16日、ボリビアを迎えての親善試合に約百人の女性が招待され、スタンドでカラフルな応援を繰り広げたのだ。
1979年のイラン革命以来、イランでは男性スポーツの女性の観戦が禁止されてきた。法律ではない。「男性的な雰囲気から女性を守る」という宗教的な理由だった。
他国に例を見ないこの制度は、世界中の人権団体から非難されてきたが、撤回の動きはまったくなかった。
空気が変わり始めたのは昨年だった。大統領選挙に立候補したハッサン・ロウハニ師が、「女性締め出し」の解除を公約のひとつとして当選。大きな期待がかかった。だが保守強硬派の反対に合い、なかなか実行に移せなかった。
そんななか、ことし3月には変装して国内試合の観戦を試みた女性35人が逮捕される事件が起きた。4月には、イラン人女性姉妹がボーカルを務めるスウェーデンのバンド「アブジーズ」が、「私にもサッカーを見る権利がある」と歌う『スタジアム』という曲を発表、SNSを通じてたちまち世界に拡散した。
6月、ロシア・ワールドカップの初戦でイランがモロッコに1−0で勝ったことを受け、テヘラン州政府は1次リーグの残り試合のパブリックビューイングをアザディ・スタジアムで実施。女性の入場も自由とする画期的な決定をした。男女入り交じったスタンドで心から楽しそうに応援する女性たちの姿が、10月の「観戦許可」につながった。
ただ、10月のボリビア戦を男性から隔離されたスタンドで観戦することを許された女性は、選手の家族、各種のイラン代表選手、協会の職員などごく限られた人びと。完全解禁にはほど遠く、守旧派はいまも強硬に反対している。
宗教的信条や社会習慣を外からとやかく言うべきではない。ただ、誰でも自由に安心してスタジアムで試合を楽しめるようになることは、世界中のサッカーファンの本意であるに違いない。
ところで10日のACL決勝第2戦、イラン人女性の観戦は許されるのだろうか--。
(2018年11月7日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。