愚行もここまできたか―。オーストラリア代表FWティム・ケーヒルの得点後のパフォーマンスである。
北中米カリブ海代表との最終プレーオフ出場権をかけたシリアとの「アジア・プレーオフ」第2戦。1-1で迎えた延長後半4分に彼は得意のヘディングで決勝ゴールを決めた。そして有名なコーナーフラッグに走ってのボクシングポーズではなく、両手を広げた飛行機ポーズを取り、その後両手を使って「T」の字をつくって見せた。
実はこれ、彼が最近「ブランド・アンバサダー」契約を締結したオーストラリアの旅行会社のシンボルマークだった。試合終了直後、その旅行会社が「ケーヒルが私たちの『T』を演じたのを見てくれましたか?」と得意げにSNSに書き込んだことで、意味が明らかになった。
ゴール後の過剰なパフォーマンスへの疑問については、6月のこのコラムで書いた。だがそれは、本来チームの努力の結晶であるゴールを得点者個人のものとする考え違いや幼稚さを指摘したものだった。それを「副業」にまで利用しようという選手が出ることなど想像もつかなかった。
しかも、オーストラリア・サッカーの「レジェンド」と言うべき37歳の大ベテラン選手が、ワールドカップ予選のプレーオフという、大げさな表現をすれば「生か死か」という舞台でそれほどの愚行を演じるとは!
競技規則の第4条第5項に「競技者は、政治的、宗教的または個人的なスローガンやメッセージ、あるいはイメージ、製造社ロゴ以外の広告のついているアンダーシャツを見せてはならない」と規定されている。「体を使っての商業的メッセージ」に関する記述はないが、かつて下着のパンツにスポンサーロゴを入れて得点後に見せた選手が欧州サッカー連盟(UEFA)から約1000万円の罰金を言い渡された例もある。競技規則の精神を考えれば、ケーヒルの行為も当然許されるべきではない。
こんなことが起こるのは、得点後の過剰なパフォーマンスが野放しにされているせいだ。一時、FIFAは得点後に抱き合う行為などを禁止しようとしたが「喜びの自然な表現」は認めることにした。だが現在の世界で横行しているパフォーマンスは明らかに過剰で不自然だ。10月10日のパナマ対コスタリカでは、パナマが得点してからコスタリカがキックオフするまで実に3分間を必要とした。
パフォーマンスはサッカーの本質とは何の関係もない。「世界の一流選手がやっているから」では、あまりに貧しい。自分たちの姿を冷静に顧みて、そのばかばかしさに気づかなければならない。
(2017年10月18日)
10月9日はすばらしい好天で、まさに「体育の日」にふさわしかった。だが「なぜ10月9日が体育の日なの?」と聞かれて当惑した。
もちろんこの祝日は1964年の東京オリンピック開会式の記念日である。1966年に制定され、本来は10月10日だったが、2000年に「ハッピーマンデー」で10月の第2月曜日となった。しかし特定の日を記念する祝日が毎年変わるというのはどうだろうか。
たとえば今週土曜、10月14日は、日本サッカー史で10指にはいる重要な記念日だ。1964年の東京オリンピックでアルゼンチンに勝ち、ベスト8進出を決定した日に当たる。
選手のアマチュア資格を証明できなかったイタリアが棄権し、ガーナ、アルゼンチンと日本の3チームになったD組。2日前のガーナとアルゼンチンの1-1の引き分けを受けて行われた第2戦が、日本対アルゼンチンだった。
会場は駒沢競技場。2万人収容だったが、水曜日の午後2時キックオフということもあり、入場券はまったく売れなかった。スタンドには女子高校生の姿が目立ったが、観客席を埋めるために「動員」されたものだった。テレビ放映もフルタイムではなく、後半8分からだった。
前半に1点を許して0-1で迎えた後半、テレビ放送開始を待っていたように日本が同点とする。後半9分、自陣からMF八重樫茂生のロングパスを追ったFW杉山隆一が突破、GKの出ばなをついてゴールに突き刺したのだ。
後半27分に勝ち越しゴールを許した日本だったが、36分には左サイドに流れながら杉山からパスを受けたFW釜本邦茂が果敢に縦に抜いてクロスを送ると、右から走り込んだFW川淵三郎が見事なヘディングで再度同点とするゴールを決める。そしてその1分後、今度は杉山が左サイドをドリブル突破、クロスをシュートした川淵とGKが衝突してこぼれたボールをMF小城得達が押し込んで逆転、3-2での歴史的勝利だった。
「サッカー」という競技を日本中に認知させたのが、まさにこの勝利だった。翌年に日本サッカーリーグが誕生、1968年のメキシコ・オリンピックの銅メダル獲得につながるとともに「サッカーブーム」が到来し、全国にサッカー少年団やスクールが誕生する。
4年後、1968年の「アルゼンチン戦勝利記念日」はメキシコ・オリンピックの初戦に当たり、ナイジェリアに3-1で快勝して銅メダルへの第1歩を記した日だった。
ハッピーマンデーには、3連休を増やして余暇を有効に使ってもらおうという意図があるという。しかし後の世代に歴史をきちんと語り続けていくためにも、記念日は正確に残すべきだと思う。
(2017年10月11日)
現在のJリーグで寂しく感じるのは、日本人ゴールキーパー(GK)の人材不足だ。
J1でナンバーワンGKと言えば、磐田のポーランド人クシシュトフ・カミンスキー(26)だろう。2015年はじめに23歳で来日して3年目。磐田のJ1昇格と、その後の上位進出の大きな柱となっている。しっかりとした基本に基づくオーソドックスなゴールキーピングは、シュートを打つ相手チーム選手に無力感さえ感じさせるのではないか。
そして彼に続くのが、神戸の金承圭(キム・スンギュ=27)、C大阪の金鎮鉉(キム・ジンヒョン=30)、そして札幌の具聖潤(ク・ソンユン=23)の韓国勢だ。韓国代表は今週から来週にかけて欧州でロシアなどと対戦するが、その代表に選ばれたGKは、すべてJリーグで活躍するこの3人だ。なかでも金承圭はカミンスキーと甲乙つけ難い実力の持ち主だ。
さて日本人GKである。柏の中村航輔(22)は今後を大いに期待できる若手だ。おそらく来年のワールドカップ後は日本代表のレギュラーポジションをつかむだろう。しかしそのほかは、リズムが合うとスーパーセーブを見せるものの、その一方で信じ難いほどのもろさをもつ選手ばかり。
体格の問題ではない。カミンスキーも韓国代表の3人も190センチ前後の長身だが、日本人GKとの間には、それ以上に判断力や基本に忠実な技術の差を感じてしまうのだ。
前に出るのか、それともとどまるのか、前に出るならどこで止まるのか、その判断力が日本人GKは非常に劣る。出ようとして戻り、その瞬間にシュートを打たれて失点するといった形をよく見る。
だがそれ以上に重大な問題は技術面だ。Jリーグの日本人GKには、相手がシュートを打つ瞬間に両足が地面についていない選手が驚くほど多い。大きくジャンプする前に小さく跳ぶ「プレジャンプ」という動きを入れるからだ。ドイツのGKがこの動きをすることから日本でも指導されるようになったようだが、実際にはプレジャンプのために反応が遅れ、シュートを防ぎきれない場面がよくある。
カミンスキーは、相手がシュートを打つ瞬間には必ず両足が地面につき、しかも体重が均等にかかり、やや重心は低くするが、上体はリラックスしている。だからどんなシュートにも反応できる。さらに、両足がついているから、状況に応じて1歩か2歩横に動いてからジャンプでき、守備範囲が格段に広くなる。
フランスでプレーする日本代表GK川島永嗣(34)はカミンスキーと同じ技術を身につけている。柏の中村もそれに近いレベルにある。だがそれ以外の日本のGKは、残念だが国際レベルから遠く離れてしまっている。
(2017年10月4日)
日本代表はワールドカップ予選を終え、10月はニュージーランドとハイチを招いての親善試合で強化を進める。だが世界ではこの10月上旬が予選のクライマックスとなる。
来年6月14日に開幕するロシア大会の出場国は従来と同じ32。ホスト国ロシアを除く予選からの31カ国のうち現時点で出場権が確定しているのはわずか7。イラン、日本、韓国、サウジアラビアのアジア4カ国と、早々と3月に決めたブラジル、欧州勢の先陣を切って今月3日に突破したベルギー。そしてメキシコである。11月まで予選が続くアフリカ以外では10月に終了し、11月のプレーオフに臨むチームが決まる。
アジアでは「4次予選」が残っている。9月5日までの3次予選でAB両組の3位となったシリアとオーストラリアが北中米カリブ海の4位とのプレーオフへの出場権をかけて激突する。第1戦がシリアのホーム。10月5日にムラカ(マラッカ=マレーシア)で行われ、第2戦は10日、シドニーでの開催となる。
シリアは「奇跡のチーム」だ。3次予選最終節のイラン戦、自力で4次予選進出資格の3位になるには、アウェーのテヘランで勝たなければならなかった。イランはそれまでの9試合で失点0。勝つことはおろか、得点を挙げることさえ至難の相手だった。
試合はシリアが先制したものの後半逆転を許し、1-2で追加タイムを迎えた。敗色濃厚のシリア。しかし93分、FWソマが右に抜け出すと、同点ゴールをけり込んだ。なんと3試合連続の後半追加タイムゴールだ。勝ち点を13に伸ばしたシリアは得失点差でウズベキスタンにまさって3位を確保。今予選が始まる前に152位だったFIFAランキングも、この試合終了後には75位まで上がった。
2011年から続く内戦で国内での試合ができず、2次予選、3次予選を通じて9つの「ホームゲーム」をすべて外国のスタジアムを借りて戦ってきたシリア。日本が対戦した2次予選ではオマーンのマスカットが「ホーム」だった。昨年6月に始まった3次予選ではマレーシアに舞台を移し、11月までの前半戦はクアラルンプールの国際空港から遠くないスレンバンで、そしてことし3月以降はムラカで戦ってきた。ムラカのハンジェバット・スタジアムで、シリアはまだ負けていない。
強靱(きょうじん)なフィジカルを生かしてハードな守備網を敷き、そこから鋭い攻撃を繰り出して最後の最後まであきらめずに戦い抜くシリア。アジア4次予選は欧州でプレーする選手を多くかかえるオーストラリアが有利という予想が多いが、何も恐れずにひたむきな戦いを続けるシリアの粘り強さを軽視することはできない。
(2017年9月27日)
ガーナ人の国際審判員ジョゼフ・ランプティ(43)のサッカー界からの「生涯追放」が確定し、「再試合」が行われることになった。異常な事態と言うしかない。
昨年11月のワールドカップ予選、南アフリカ対セネガルの主審ランプティは、前半43分に南アフリカにPKを与え、それが南アフリカに2-1の勝利をもたらした。
右からのクロスを南アフリカFWが倒れながらヘディングシュート。これがセネガルDFクリバリに当たってこぼれると、ランプティは即座に笛を吹いてPKを宣言した。ハンドという判定だ。激しく抗議するセネガルの選手たち。ボールが当たったのがクリバリの左膝だったことは、リプレーで明白だった。
セネガルはただちにアフリカサッカー連盟(CAF)にアピール、CAFは「低調なパフォーマンスと誤審によるPK判定」を理由にランプティを3カ月間の資格停止にしたが、ことし3月、国際サッカー連盟(FIFA)は「生涯追放」という重い処分を発表。ランプティはスポーツ仲裁裁判所(CAS=本部スイス)に提訴。しかし先週、CASはFIFA決定の支持を発表した。再試合は11月12日に開催される予定だ。
名審判員であり、ガーナ協会の会長も務めた父の後を継いで2005年に国際主審となったランプティ。以来数多くの国際試合をこなし、昨年のリオ五輪ではサポート審判として日本がコロンビアと2-2で引き分けた試合など4試合で第4審判を務めた。
当初はCAFが示したように単なるひどい誤審のようにも見えた。誤審はどんな名レフェリーにもある。あらゆる選手がプレーのなかでミスをするように、審判員も誤審をするのがサッカーという競技の本質とさえ言える。誤審で生涯追放などありえない。
だがよく見ると不自然な要素もあった。問題のシーン、ランプティ主審とクリバリを結ぶ線上には両チーム合わせて4人もの選手がいた。距離は約20メートル。明確に見えたはずなどない。にもかかわらず、ランプティは間髪を入れずに笛を吹き、PKであることを指し示した。FIFAもこの点に気づき、徹底的な調査をした結果の裁定だった。
「懲罰規定69条(試合結果への不法な影響)への違反により試合結果を操作した」としただけで、FIFAは詳細は発表していない。だが生涯追放という最も重い処分が、サッカー賭博との関与を暗に示している。南アフリカ協会については、完全に無関係とし、再試合の開催費用を500万ランド(約4200万円)まで補助するという。
己の利益のために試合結果を操作した主審、予選の再試合...。サッカーにとって悪夢のような事態だ。
(2017年9月20日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。