先週のワールドカップ予選でイラクを相手に日本代表が苦しんだ原因のひとつが、ヘディングの弱さだった。
最後の最後に相手を追い詰めて決勝点が生まれる素地をつくったのが189センチの長身DF吉田麻也のヘディングだったのは、サッカーという物語の不思議な「あや」。それまでの90分間、日本はヘディングで苦しみ続けた。
競り合いの話ではない。日本の攻撃陣に入れられたロングボールはことごとくと言っていいほど相手守備陣にはね返されたが、それは仕方がない。小柄な日本の攻撃陣にロングボールを多用した戦術自体に問題があった。
より大きな問題は、相手と競り合うのではなく単独でヘディングするときに味方に渡る率が恐ろしく低いということだ。ただ頭に当てて前に飛ばすだけのヘディングがあまりに多い。落下点に味方がいるか相手がいるか、ボールに聞いてくれというようなプレー。日本代表に限らず、Jリーグから少年まで日本のサッカーに共通する欠陥である。
「日本人に適したスタイルを確立しよう」と、過去20年間、指導者たちは連係プレーに磨きをかけてきた。パススピードが国際レベルに達していないという批判はあるが、ワンタッチ、ツータッチでのパス技術、ボールをもっていない選手の動きを組み合わせて3人、4人がからむパスワークは、どの年代も世界のトップレベルにある。
そうしたパスサッカーの主役がインサイドキックだ。足の内側を使うキック。最も正確なプレーができ、速いテンポのパスワークには欠かせない。トップスピードで前方に走っていく味方にぴたりとつけるパス、ワンタッチで2本、3本とつなぐパス...。最も基本的な技術だが、同時に現代サッカーで最も重要な技術がインサイドキックなのだ。
ただ味方に渡すだけではない。次のプレーを考えて相手の右足につけるのか左足か、受ける味方に相手を詰め寄らせない速いパスか、それとも相手に食いつかせる遅いパスか...。そうしたハイレベルなインサイドキックを使いこなす技術が、日本のサッカーの強みであるのは間違いない。
ところがボールを頭で打つことになると、満足に味方に渡すことさえできない。身長やジャンプ力の問題ではない。世界最高レベルのインサイドキックとアジアでも低レベルのヘディング。極端なアンバランスを招いたのは、少年からの指導に「ヘディングもパスのうち」という意識が欠けているためだろう。
「1本のパス」の質の積み重ねが勝負を決める。ヘディングでの1本のパスがどうでもいいはずがない。日本のサッカーを挙げての取り組みが必要ではないだろうか。
(2016年10月12日)
フランス北西部にあるアマチュアクラブのゴールキーパー(GK)が見せた「信じられないPKストップ」が話題になっている。動画サイトに「バンヌGK」と入れて検索すると簡単に見つかる。
3部まであるプロリーグの下に設けられたアマチュアリーグ2部に属するバンヌOCというクラブが10月1日に行ったTAレンヌ戦。2-0のリードで迎えた後半25分、レンヌにPKが与えられる。
キッカーはドレスラン。慎重に呼吸を整えてキック。ボールは右に跳んだバンヌGKジャンフランソワ・ブデニクの逆をついたが、ポストの内側からはね返ると、立ち上がろうとしたブデニクの背中に当たって高く舞い上がる。
いち早く反応するドレスラン。走り込み、高く跳んでヘディング。ブデニクがこれを左足ではね返すと、ボールはゴールに詰めてきたランヌのデュリングの体を直撃、三たびゴールを襲う。だがこれをブデニクはほとんどひざまずいた状態から跳ね、体を伸ばして両手で叩き出した。
まさに「信じられない」スーパーセーブ。しかしよく見るとブデニクはただ基本に忠実にプレーしただけだった。
ドレスランがヘディングしたのはゴールからわずか5メートルの地点。だがこの絶体絶命の状況でもブデニクは相手に正対して両膝を軽く曲げて両足をグラウンドにつけ、両腕もひじを軽く曲げた形で下げていた。どこにも力のはいっていない自然体。だからこそ自分の足元に叩きつけられたボールに自然に体が動いた。
より難しかったのは次のボールだった。足でのクリアの動きでブデニクは左に倒れかけていたからだ。だがここでも彼はひざまずきながらも上半身を立てて相手に正対していた。返ってきたボールに対応できたのはそのためだ。
GKの基本は、「シュートの瞬間に両足で立っていること」に尽きる。どこにくるかわからないシュート。コースを見て反応する時間などなくても、両足で立つ「自然体」なら反射的に体が動く。
最近のGKはシューターに思い切り突っ込む。ブロックできることもある。だが才能のあるシューターにとって、飛び込んでくるGKは格好の「餌食」と言ってよい。前に出る動きは左右への動きを極端に悪くするからだ。少しコースをずらせて足元に転がしてやれば、簡単にゴールに流し込むことができるのだ。
現在はアマチュアリーグでプレーしているが、37歳のブデニクはフランスだけでなくスイスやギリシャのプロ1部でもプレーした経験豊富な選手である。「奇跡のセーブ」は、20年間以上積み重ねてきた基本練習のたまものだったに違いない。この後、バンヌはPKを得てそれを決め、3-0で快勝した。
(2016年10月5日)
インドのゴアといえば、私には大航海時代にポルトガルのアジア交易の拠点となった港町ぐらいの知識しかなかった。そのゴアで、日本の若者たちが堂々としたプレーを見せて来年9月にこの町を含むインドの6都市で開催されるFIFA U−17ワールドカップへの出場権を獲得した。
今月16日から行われているアジアU−16選手権。日本はグループリーグ3試合で21得点、失点0という猛威を奮った。準々決勝のUAE戦でも圧倒的な攻勢をとったが、荒れたピッチにも悩まされ、得点は前半にCKから挙げた1点のみ。それでもMFの平川怜(F東京)と福岡慎平(京都U−18)を中心とした積極的な守備で4試合連続の無失点。準決勝進出とともに世界大会への切符を手に入れた。
大半が高校1年生のチームだが、攻撃を牽引するのは中学3年生のFW久保建英だ。先日平川とともにF東京のトップチームに登録され、話題になった選手である。ゴアでは劣悪なピッチに苦しめられているが、来年の世界大会でも注目を集めるだろう。
明日、U−16日本代表は準決勝でイラクとぶつかる。
さて、「世界」を目指すのはU−16だけではない。来月には、もうひとつのユース代表が世界大会のアジア予選に挑む。来年韓国で開催されるU−20ワールドカップ出場を目指すU−19日本代表だ。
1990年代、U−20ワールドカップは日本のサッカーの急成長を加速させる「ブースター」だった。初めて予選を突破した1995年大会の選手たちが翌年には28年ぶりのオリンピック出場をもたらした。1999年には準優勝。その経験が地元開催の2002年ワールドカップでの好成績につながった。
だが2007年大会を最後に、日本は2年にいちどのこの重要な大会から10年間も離れてしまっている。4回連続アジア予選の準々決勝で敗退したからだ。日常的に強豪と対戦できるわけではない日本。U−17からU−20、そして五輪(U−23)へと続く世界大会での真剣勝負の経験は、最終目標としてワールドカップに挑む日本代表の強化に欠かすことのできない要素だ。
このチームは多くがJリーグのクラブに所属するプロ選手。DF中山雄太(柏)のように所属クラブでポジションをつかんでいる者もいる。MF堂安律は強豪G大阪で貴重な戦力になっており、FW小川航基(磐田)は日本サッカー界期待の長身選手だ。
そしてこの年代は、4年後にはU−23、すなわち「東京五輪世代」となる。当然、世界大会への出場権獲得への熱望は、これまでになく高い。U−16が世界の扉を開いたいま、中東バーレーンで10月14日のイエメン戦から始まるU−19の戦いにも注目したい。
(2016年9月28日)
10月5日に東京と大阪で行われるJリーグ・ルヴァンカップ(旧ナビスコ杯)準決勝第1戦が楽しみでならない。日本のサッカーに、いよいよ追加副審が登場するからだ。
サッカーの審判は1891年に主審1人と副審(当時は線審)2人の「3人制」になり、百年後の1991年に主審や副審の仕事を助ける「第4の審判員」を置くことができるようになったものの、基本的には125年後の今日まで同じ形が続けられている。
だがより正確な判定を求める時代の要請には勝てない。2012年、ゴールを判定する「ゴールラインテクノロジー」とともに、両ゴールの近くに位置する追加副審の導入が認められたのだ。ただ前者は設備導入と運営に巨額の資金を必要とし、後者は人的な手当てが大変なため、日本国内では導入されなかった。
昨季の開幕直後に重大な誤審が重なったことでJリーグの村井満チェアマンが追加副審導入の検討を要請。ことしのルヴァンカップ準決勝以降の5試合と、チャンピオンシップ(最多5試合)で正式に導入されることが決まった。
以来、Jリーグに審判員を派遣する日本サッカー協会は入念な準備をしてきた。このシステムのスペシャリストであるシャムスル・マイディン氏(シンガポール)を招聘(しょうへい)して研修会を開き、5月下旬からJリーグ3部(J3)の試合を使って試験を行ってきた。先週まで毎節1試合、計13試合で実施してきた試験は、今週末、9月25日の富山×大分で終了する。そしていよいよ10月5日、「デビューの日」を迎えるのだ。
試験に参加したのは、各試合で主審1人、副審2人、追加副審2人の計5人、13試合で延べ65人になる。Jリーグのタイトル争いで使うための試験だから、当然、全員J1を担当する審判員だ。ちなみに、追加副審は「主審」として活動している人が務めることになっている。
追加副審のシステムでは、主審、副審、追加副審の3人でひとつのゴール前のプレーを3方向から見る。角度や見るべき事象など役割を明確に分担し、タイミングよくコミュニケーションを取り合うことが重要なポイントだ。5月の研修会では、これまでとはかなり違う役割にとまどう審判員も少なくなかった。
だが5カ月間にわたった準備で役割分担もスムーズになってきたに違いない。試験導入の後半には、同じ役割で2回目、3回目を担当する審判員も見られ、「候補者」も絞られてきたようだ。
対戦する両チームだけでなく審判チームもコミュニケーションとチームワークが命。ルヴァンカップ準決勝では、ゴールの右横に立つ新しい審判員にも注目してほしい。
AR研修会
(2016年9月21日)
「なんでなんかなあ」
試合後、日本代表MF本田圭佑はそうぼやいた。ワールドカップ予選タイ戦(6日、バンコク)での「空振り」のシーンである。
前半24分、中央にいたFW浅野拓磨が左に走る。タイミングを逃さずに左DF酒井高徳からパス。浅野は相手を背中でブロックしながら縦に抜け出し、左足でゴール前に低く強いボールを通した。
タイGKがボールに飛び付くが止められない。右からはいった本田はフリー。目の前にはがら空きのゴール。だがボールは合わせようとした左足インサイドの前をすり抜け、逆サイドに転がった。
ミスの原因は明らか。左からのボールに対して左足で合わせようとしたことである。
本田の利き足は左である。試合中大半のボールを左足で扱い、その左足から数多くの得点を生み出してきた。2010年ワールドカップのデンマーク戦で決めた約37メートルの直接FKは、日本サッカーの輝かしい金字塔のひとつだ。
タイ戦、本田の頭には2012年6月のオマーン戦の先制点がよぎったかもしれない。難攻不落と言われたGKハブシを破ったのは、DF長友佑都の左クロスに合わせた本田の左足インサイドボレーだった。だが長友のパスは浮き球で、本田には体を開いてボールに合わせる時間があった。タイ戦の浅野のクロスはスピードのあるグラウンダーだった。
左からの速いボールに、本田は左足のインサイドで合わせようとした。リプレーを見ればわかるが、ボールのコースに対して本田の左足はほぼ90度でけることになる。とても難しい技術だ。右足のインサイドで「面」をつくるように合わせていれば、角度は45度になり、ボールははるかにとらえやすかっただろう。
クロスパスをワンタッチでシュートしようとするとき、右から送られたボールなら左足で、左からなら右足でとらえるのは基本と言ってよい。Jリーグでも日本代表でも、利き足を振り回して空振りやシュートのコースが大きくずれてしまうシーンが珍しくないのは、驚くべきことだ。
本田をはじめトッププロたちは、練習では同じ状況でも平然と左足で合わせて決めているのだろう。だがより確実なのは右足を使うこと。細かな基本をおろそかにしたことが「空振り」の原因だった。
日本がバンコクで戦った同じ日、オーストラリアは酷暑の中東アブダビでUAEと対戦、0-0で迎えた後半30分に左からのクロスをFWケーヒルが右足で合わせて1-0の勝利。予選2連勝を飾った。ケーヒルは右利き。本田を彼と比較するのはフェアではない。だが絶好のチャンスを決めるか決めないかの差は天国と地獄のように大きい。
(2016年9月14日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。