2月22日に行われた富士ゼロックススーパーカップ。広島の2点目を生んだペナルティーキック(PK)の判定が波紋を呼んだ。
飯田淳平主審はG大阪DF丹羽が相手クロスを手でブロックしたと判断、広島にPKを与えたが、丹羽は「顔に当たった」と主張した。しかし判定は変わらず、FW浅野が決めて2-0となった。その後G大阪が1点を返しただけに、このPKは大きかった。
丹羽は大きく両手を挙げていた。手に当たったように見えたのは仕方がない。副審からは遠いサイドだった。導入を検討中の「追加副審」がいても見えにくい角度だっただろう。しかしVTRを見るとたしかに顔だったようだ。
サッカーのルールを決める唯一の機関「国際サッカー評議会(IFBA)」の年次総会が3月5日にウエールズのカーディフで開催される。議題のひとつに「審判員へのビデオアシスト」という項目があり、注目されている。
だがこの議題はことしすぐに採用されるというものではない。あくまでも将来に向け実験などを進めてよいかを話し合うものだ。今回のIFBA年次総会の最大の注目点は「ルールブックの全面改訂」の承認にある。
サッカーのルールはわずか17条。ルールブックでも55ページ分しかない。しかしより詳しく解説してある「競技規則の解釈と審判員のためのガイドライン」を含めると130ページを超す。それを統合し、重複をなくして、表現を簡略にそして現代的な言葉に改め、全体量を半分ほどにする。さらにはいくつかの点で現状と合わないもの、不明確だった点を明確に規定するという。
この改訂作業にかかわったイングランドのデビッド・エラレイ元審判員がAP通信に語ったところによると、そのなかには実質的な「ルール改正」も含まれているらしい。たとえば従来のルールではキックオフされたボールは「前方に移動」しなければならなかったが、どの方向へでも動けばいいことになる。
オフサイド後の間接FKも大きく変わる。従来の解釈では、味方がボールをプレーした瞬間にオフサイドポジションにいた位置でFKが行われることになっていた。しかし改訂によって受け手が最終的にプレーにかかわった場所からのFKとなるという。すなわち「戻りオフサイド」の場合には、「自陣でのオフサイド」もありうることになる。
用語もレイアウトも大幅に変更し、誰にも理解しやすくすることを意図したという新ルールブック。7月ごろになると思われる日本サッカー協会による日本語版発行が楽しみでならない。
(2016年2月24日)
イングランドのプレミアリーグで首位を走るレスター・シティの試合を見て、サンフレッチェ広島を思い出した。
いまイングランドで最も話題になっているクラブが、日本代表FW岡崎慎司が活躍するレスターである。10年ぶりにプレミアリーグに昇格して初年度の昨季は14位に終わったものの、今季はイタリア人のラニエリ監督が就任、開幕から上位をキープして昨年11月に首位に立った。今月は上位チームとの連戦だったが、リバプールに2-0、マンチェスター・シティにはアウェーで3-1と連勝した。
年間収益は同じプレミアリーグの「ビッグ5」と呼ばれるクラブと比較すると3分の1程度。当然、世界的なスターはいない。だがチーム一丸の攻守と今季大ブレークしたFWバーディーの存在が地味なレスターを主役にした。
2月14日のアーセナル戦は後半9分に退場で10人になって逆転負け。最後は疲労困憊のなか後半ロスタイムに逆転ゴールを喫したが、その戦いぶりはあらためてレスターの「強さ」を見せつけた。
固い守備をベースに、カウンター攻撃とともに高度なコンビネーション攻撃をもつレスター。なかでも10人のフィールドプレーヤーのハードワークを基本とする守備は本当に見応えがある。
広島との共通点は、まさにその守備にある。相手の個人技や鮮やかなパス攻撃で守備が崩されたと思った瞬間、誰かが足を出し、体を張ってシュートをブロックするのだ。
昨年のJリーグで優勝し、年末のFIFAクラブワールドカップ(FCWC)で3位になったサンフレッチェ広島も攻め込まれる試合が多い。FCWCでは全4試合で相手よりボール支配率が劣った。だがどんなに相手に攻め込まれピンチになっても、広島は最後のところではね返す。シュートの瞬間には、必ず誰かが体を張っているのだ。
それは「組織的守備」という表現とは少し違う。チームとしての守備が破られたときにも、レスターや広島の選手たちはそれぞれが自分のやるべきことを見失わず、最後までやり遂げようとしている。
守備組織の破綻は、相手の見事な個人技やパスワークで生み出されるのではない。守備側の選手がそれに一瞬気を取られ、自分のマークを見失ったり、占めるべきポジションをとれなかったとき、すなわち「パニック」に陥ったときに組織が崩れるのだ。
パニックを生じさせないためにはそこにフォーカスした徹底的な訓練が必要だ。広島とレスターはその力をしっかり自分たちのものとした。好成績には明確な理由がある。
(2016年2月17日)
昨夜、FC東京がタイのチョンブリを迎えてAFCチャンピオンズリーグ(ACL)プレーオフを戦った。今季はFC東京のほかサンフレッチェ広島、ガンバ大阪、そして浦和レッズの計4クラブが日本からACLに参加し、2月23日に始まるグループステージに臨む。アジアのクラブ王者を目指す戦いだ。
クラブの大陸別選手権の源流のひとつがイングランドの1クラブが主催した「ウイークデーの夜間ゲーム」のシリーズであったことを2015年12月に紹介した。しかし源流はこれひとつではない。1948年にチリの首都サンチャゴで開催された「第1回南米チャンピオンズ選手権」。これこそクラブチームによる最初の「大陸選手権」だった。
発案者は前年にチリの王座についたコロコロ・クラブのロビンソン・アルバレス会長である。南米のサッカーがオフになる2月から3月を利用し、南米各国のチャンピオンあるいはそれに匹敵するクラブを招待して南米王者を決める大会を開催したのだ。
広大な南米大陸の各地から集ったのはホストのコロコロを含め7カ国7クラブ。当時の南米サッカー連盟加盟9カ国のうち、パラグアイは内戦直後で、コロンビアはプロリーグがなく不参加だった。
優勝候補の筆頭はアルゼンチン王者のリバープレートだった。ディステファノを中心とする5人のFW陣は「ラ・マキナ(機械)」と呼ばれ、前年の国内リーグで全員が10得点以上を記録していた。
大会は2月11日に開幕、3月17日まで実に5週間にわたって総当たりで全21試合が行われた。予想を裏切って優勝を飾ったのはブラジルのバスコダガマ。リバープレートとの最終戦ではGKバルボサが好守を連発し、0-0で引き分けて無敗優勝を決めた。地元コロコロは5位に終わったが、1試合平均3万9549人という観客を集めて大会は大成功だった。だがなぜか第2回大会は行われなかった。
大会は欧州でも話題になり、フランスの『レキップ』紙はジャック・フェラン記者を特派した。帰国後、彼は同僚のガブリエル・アノに大会の興奮を余すところなく語ったという。7年後の欧州チャンピオンズカップ創設がアノの提言によるものだったことはよく知られている。
一方の南米では第1回大会の12年後、1960年にようやく南米クラブ選手権が正式にスタート。アジアでも1967年にアジアクラブ選手権が始まった。
そしていま、クラブの大陸別選手権は毎年世界の6地域で開催され、予選を含めれば出場260クラブ、総試合数713にも達する。68年前にチリで始まった大陸王座への情熱は、いま、世界のファンに夢と興奮を与えている。
(2016年2月10日)
劇的な逆転で優勝を飾ったU-23アジア選手権。日本に勝利をもたらしたのは「ニアポスト」への走りだった。
韓国との決勝戦、0-2から1点を返した直後の後半23分。左サイドをDF山中亮輔が突破してコーナー付近から送ったクロスを、MF矢島慎也が走り込みざま頭で韓国のゴールネットに突き刺した。
この直前、ゴール前にいたFW浅野拓磨はボールに近寄るように左に走り、ゴールエリアの角あたりでボールにとびついた。190センチの韓国DF宗株薫が懸命に浅野に競りかけるが、ボールはふたりの頭上を越える。そして右からがら空きになったゴール前にはいってきた矢島の頭がボールをとらえたのだ。
サイドからパス(クロス)を送るとき、ボールから近い側のゴールポストを「ニアポスト」、遠い側を「ファーポスト」と呼ぶ。そしてその前のピッチ内の地域も同じ名前で呼ばれている。
「クロスからヘディングシュート」というと、ゴール正面で高くジャンプしたFWが豪快にヘディングで叩き込むというイメージが強い。しかしそんな得点はめったにない。クロスからの得点の多くはニアポストへの走り込みから生まれる。
「ニアポストへの走り」の発案者はイングランドのウェストハムを率いたロン・グリーンウッド監督。1960年代はじめ、彼はこの戦術でクラブに数々のタイトルをもたらし、その選手たちが1966年ワールドカップで実践して優勝の原動力となった。
決勝の対西ドイツ、イングランドが1-1の同点としたゴールがまさに「ニアポストランによる得点」だった。DFボビー・ムーアがFKをけり、ニアポストに走り込んだFWジェフ・ハーストがヘディングで決めた。ふたりともウェストハムの選手だった。
速いクロスをニアポストに送り、走り込んだ味方が相手より1センチでも前で触れることができれば、決定的なチャンスとなる。GKには反応する時間などない。
「前で」というところが重要だ。相手より長身である必要はない。相手より高く跳ぶ必要もない。まさに日本人向きの戦術ではないか。
ニアポストで決められなくてもだいじょうぶ。相手チームはそこに引きつけられるから、ボールがゴール前に流れれば大きなチャンスとなる。
韓国との決勝戦終盤、日本は常にニアポストを狙っていた。1点目の直前のチャンスはMF原川力の低いクロスにニアポストで浅野が合わせた。そして矢島のスルーパスから生まれた1点目も、浅野はニアポストに走り込んでワンタッチでGKの肩口を抜いた。
ニアポストには、黄金が埋まっている。
(2016年2月3日)
もうゴール判定に間違いは起こらない?―。
先週金曜日(1月22日)、欧州サッカー連盟(UEFA)は今夏フランスの10都市で開催される欧州選手権で「ゴールラインテクノロジー(GLT)」を使用すると発表した。
チップ入りボールや高速度ビデオカメラなどの科学技術を駆使し、ボールがゴール内のゴールラインを完全に越えたかどうかを瞬時に判定して主審に伝えるGLT。国際サッカー連盟(FIFA)が2013年に正式採用し、イングランドのプレミアリーグなどが追随した。
スピードが増し、瞬く間に攻守が入れ替わる現代のサッカー。主審1人と副審2人、計3人の審判員で行う伝統の判定法が限界にきているのは明らかだった。FIFAは早くからGLT導入を検討、ようやく信頼性の高いシステムが完成したのが2013年だった。
ところが世界最大のサッカー勢力であるUEFAは採用を見送った。「判定はあくまで人間の力で行うべき」というプラティニ会長の強い意向によるものだった。そしてこちらも長年研究してきた「追加副審」をFIFAに認めさせ、2013年以来、主催大会で使い始めた。
タッチライン際でオフサイドなどを監視する従来の副審2人に加え、両ゴール裏に立ってペナルティーエリアを中心に監視して主審にアドバイスする2人の副審。UEFAチャンピオンズリーグを筆頭に世界のいくつかのリーグで採用されて好評だ。Jリーグでも村井満チェアマンが導入を熱望しているという。
しかしどちらのシステムにも長短はある。「万能」に思えるGLTだが、マラドーナの「神の手」(ハンドでの得点)はゴールと認めてしまうだろう。ゴールラインを越えたか越えないかの判定に特化したシステムだからだ。一方の追加副審も、交錯する選手に視線をさえぎられるとゴールラインを越えたかどうか判定が難しい状況が生まれる。
今回、UEFAがGLTを採用した背景には、プラティニ会長の失脚がある。だがそれ以上に注目すべきは「両者併用」にしたことだ。UEFAは新たにGLTを導入するとともに、熟成度を増してきた追加副審も残す。「GLTか追加副審か」ではなく、両方とも使ってとにかく正確な判定を期そうというのだ。
「追加副審がゴールラインを見ようとすると重大なファウルを見逃すおそれがある。GLTの採用で、追加副審はプレー自体の監視に集中することができる」(UEFAのコリーナ審判部長)
今秋からのUEFAチャンピオンズリーグでも採用される「両システム併用」。成果に注目したい。
(2016年1月27日)
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