今夜のJリーグ第29節甲府戦で、浦和が公式戦1000試合目を迎えるという。
サッカーで「1000」という数字から連想するのは、「王様」と呼ばれたブラジルのペレ(1940~)。プロの試合だけで1281ゴールという大記録を打ち立てた。
先週の日本戦で4得点の荒稼ぎをしたネイマールは、22歳の若さでブラジル代表通算40得点となり、サントスFCの大先輩でもあるペレの77得点をしのぐ可能性さえ語られ始めた。ペレがブラジル代表で40得点に達したのはいまのネイマールと同じ22歳のとき。ただしネイマールの58試合に対し、ペレはわずか39試合での40得点達成だった。
ペレは16歳でブラジル代表にデビュー、翌年にはスウェーデンで開催されたワールドカップで祖国を初優勝に導く活躍を見せ、以後20年間近く「王様」としてサッカーの世界に君臨した。選手としてワールドカップ優勝3回を経験したのは彼ひとりだ。
そのペレがプロ通算999ゴール目を決めたのは1969年11月14日のこと。にわかに、ブラジル全土が騒然となった。5日後の19日、リオデジャネイロでのバスコ・ダ・ガマ戦には、水曜日で豪雨という悪天候にもかかわらず7万5000人が詰め掛けた。
そして1-1で迎えた後半33分、そのときがくる。
自分自身への反則で得たPK。だが彼は「1000点目は流れのなかで」と考えており、最初はけるつもりはなかった。しかし大声援を受けて自らけることを決心する。
ボールをセットすると、ペレは雑念を振り払うように動きを止めた。バスコのGKアンドラーデも、微動もせずに待ち構える。そしてついにペレが一歩踏み出す。
「頭ではまだ、失敗したらなどと考えていた。でも体が勝手に動いたんだ。気がついたらボールをけっていた」
彼はそう回想している。
リラックスした完璧な右足のインサイドキック。GKの指先をかすめ、きれいなカーブを描いて、サッカー史に残る「1000点目」がゴール右隅に吸い込まれた。
ゴールに駆け寄り、ボールを拾ってキスするペレ。無数の観客が侵入し、たちまちペレを担ぎ上げた。観客が排除されると、サントスの選手たちだけでなくバスコの選手たちまでもが彼を祝福し、肩車をして場内を一周した。
ブラジルの人びとは彼がもたらした数多くのタイトル以上に「ペレ」という人間を愛した。それは、ペレが「試合の前の晩は眠れない」という少年のような純粋な心の持ち主だったからだ。
明日10月23日、ペレは74回目の誕生日を迎える。
(2014年10月22日)
「プレミア」が牙をむき始めた。
世界のスターを集めるイングランドのプレミアリーグ。放映権収入だけで年間1兆円にもなる「金満リーグ」で、公式戦の1節を海外で開催するアイデアが表面化した。
プレミアリーグは20クラブで年間全38節を行う。6年前には「第39節目」を海外で開催する提案がなされたが、世界中から批判の嵐を浴びてわずか数週間で頓挫した。今回は38節のうちの1節を海外で行うというもの。正式な提案が出たわけではないが、「実現は避けられない状況」と、複数のリーグ関係者が話す。
ターゲットは主としてアジアと北米だ。アジアでは2003年から2年ごとの夏にプレミアの3クラブが出場する「アジアトロフィー」が開催され、タイや中国などで成功を収めている。アメリカではことしシカゴでマンチェスター・ユナイテッドとレアル・マドリード(スペイン)が対戦し、10万人の観客を集めた。
プレミアリーグはテレビから年間55億ポンド(約9553億円)という収入を得ているが、その半額に近い24億ポンド(約4169億円)が海外からの放映権収入だ。スペイン、ドイツ、イタリアなど他リーグも追随し、欧州サッカー連盟(UEFA)の主要大会を含めると毎年とてつもない巨額が欧州のサッカー界に流れ込んでいることになる。
より迫力のある、レベルの高いサッカーを見たいというファンの思いは当然だ。しかしそれに影響を受けて世界各国のプロリーグの人気が低迷し、存立の危機に瀕するとあれば、看過はできない。
差別という大問題がある。暴力も根絶されてはいない。しかし欧州による世界的なサッカー市場の独占こそ、現代サッカーの最大の問題だ。
欧州が世界中から一方的に「収奪」している資金がそれぞれの国に還流される仕組みを考えなければ、世界中でプロサッカーが健全に運営できなくなり、世界のサッカーの先細りは必至だ。公式戦の海外開催で新しい収入を生もうというのは、「収奪」を超えて「海賊行為」に等しい。
今回の「アイデア」はプレミアのクラブオーナーの会合で話題に上った。イングランド国内でも反対の声が上がっている。しかしそれは主として各クラブのサポーターがホームゲームを見る機会を減らされるからという理由。「収奪される側」の立場を理解してのものではない。
2017年からの次の放映権契約締結に向けて十分早い時期に結論を出さなければならないと、関係者は話す。「海賊」を撃退するのに残された時間は、そう長くはない。
(2014年10月15日)
来週火曜日、日本代表とブラジル代表を迎えるのは、現在世界で最も新しく、最も先進的な「夢の舞台」だ。
シンガポールの国立競技場は、4年間の工事期間と日本円にして約1600億円という巨費を投じて建設された複合スポーツ施設の中心に位置し、ことし6月30日にオープンしたばかりなのだ。
陸上競技の大会も開催できるが、可動式のスタンドを有し、サッカー開催時には収容5万5000人。20分間で開閉作業が完了する可動式の屋根で暑さからも雨からも守られ、屋根のソーラーパネルで使用電力をまかない、観客席の快適さを守るために独特の構造で常に新鮮な空気が流れるようになっている。ピッチにはポリプロピレンが織り込まれ、耐久性に優れる。
アクセスも群を抜く。都心にほど近いカラン地区に立地し、MRTと呼ばれる都市鉄道で大量輸送できる。1駅はスタジアムに隣接し、1駅は600メートル離れているが屋根つきの専用歩道がある。試合終了20分後に都心のレストランに座っていることも可能だ。
この国立競技場「第二代」である。初代は1973年に誕生した。
英国が手放したがらず、第二次世界大戦後もシンガポールの独立は遅れた。63年にようやく英国の支配から離れてマレーシア連邦に加わり、65年に分立独立して「シンガポール共和国」が誕生した。新しい国家のシンボルとなり、青少年に希望を与える国際クラスのスタジアム建設が決まったのは、独立の年の年末のことだった。
建設資金調達のため政府はスポーツくじを売る会社を設立、66年12月には工事が始まった。しかし悪天候や資金不足でなかなか進まず、完成したのは、着工から6年半も経た73年6月のことだった。
この旧スタジアムで、日本代表は8戦している。結果は残念ながら2勝1分け5敗。ここでの日本代表の最多得点者は、84年のオリンピック予選4試合で3点を記録した原博実(現日本サッカー協会専務理事)だ。最後の試合は97年3月、オマーンでのワールドカップ予選の前に暑熱対策として行われた地元クラブとの試合。4-0で勝った。
2007年に新スタジアム建設が決定、この年の6月には盛大な「閉場式」が行われた。しかし新しい建設計画がまとまらず、旧スタジアムの使用は2010年まで続いたという。
シンガポールの人びとの夢を乗せた新スタジアムで世界のサッカー王国と対戦することになった日本代表。日本のファンには、試合だけでなく、舞台の見事さにも注目してほしいと思う。
(2014年10月8日)
「ポジション取りが鍛えられていて、どこよりも早い」
ことしのワールドカップで優勝したドイツ。その戦術的な長所を、データ分析の専門家である庄司悟さんはこのように表現する。味方がボールをもったとき、ドイツの選手たちは5人、ときは6人が、ボールをもった選手を囲むように10~15メートルの距離でポジションを取る。そのポジション取りの早さが相手を圧倒する原動力になったと言う。
男子の21歳以下代表、女子のなでしこジャパンが出場しているアジア大会仁川大会。試合を追いながら、現在の日本選手たちにはポジションを取る意識が希薄なのではないかという疑問を感じた。
サッカーにはさまざまな考え方があるが、現在の世界の主流のひとつが「個の力」で相手を圧倒しようというものだ。そうした考え方ではポジションは流動的ではなく、近づくより逆に離れるほうが味方を助ける場合さえある。
その対極に、集団的なプレーで相手を打ち破ろうという考え方がある。コンビネーションで守備を破り、得点を狙うサッカーだ。ボールなしの動きでスペースをつくり、それを使って素早いパス交換で突破を図る。必然的に、選手間の位置関係、すなわちポジショニングが重要になる。
フィジカル面で世界をしのぐとは言えない日本。当然、集団的なサッカーを志向することになる。選手たちはよく「距離感」という言葉を口にするが、ポジショニングの要素は「距離」だけではない。角度、そしてポジションにはいるタイミングなどの要素が揃わなければ、「正しいポジショニング」とは言えない。
だが男子U―21日本代表やなでしこジャパンのアジア大会でのプレーぶりを見ると、目指すコンビネーションのイメージはあるのだろうが、そのために「正しいポジショニングをしよう」という意識はあまり感じられないのだ。
リズムが良く、パスが回る時間帯には的確にポジション取りがされている。それができないときに試合は苦しくなる。パスが長くなり、無理な角度になり、タイミングがずれる。なんとかしようとそれぞれに奮闘するが、「より早くより良いポジションを」という肝心な努力はあまり見られない。全員がその方向性で努力することがリズムを取り戻す有効な道なのだが...。
世界で最もフィジカルが強いドイツが、どこよりも早くポジション取りができれば、鬼に金棒、ワールドカップ優勝は必然だ。フィジカルで弱い日本のサッカーに「ポジショニングの意識」が希薄だとすれば、致命的な欠陥なのではないだろうか。
(2014年10月1日)
「テニスやラグビーのような『チャレンジ』制度を、サッカーにも採り入れたい」
国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長の発言が波紋を呼んでいる。
長い間、サッカーは「レフェリーの目だけによる判定」に固執してきた。しかし4年前のワールドカップで重大なゴール認定の誤りが起き、ことしのワールドカップではボールがゴール内のゴールラインを越えたかどうかを判定する「ゴールラインテクノロジー(GLT)」が正式に導入された。
しかし試合の行方を左右する判定はゴールライン上に限らない。PKはもちろん、オフサイドの判定も得点に直結することが多い。ブラッター会長の提案は、そうしたケースに監督が「チャレンジ権」を行使し、ビデオ検証を行うというものだ。ただしGLTはゴール判定に特化して開発されたものであるため、検証にはテレビ中継の映像が使われるという。
スポーツの判定にテレビ中継映像を持ち込んだ最初は、日本の大相撲だった。いまから45年も前のことだという。ところが他の競技ではなかなか普及しなかった。超高速撮影や映像解析などの技術が進んだ21世紀になって、ようやく一般化した。いまでは10を超える競技で使用され、チャレンジ制度も一般化した。その背景には、テレビのリプレーにより、悪質なファウルも誤審もすべて白日の下にさらされてしまう現代のスポーツのジレンマがある。
だがサッカーでは、ずっとその導入に大きなブレーキがかけられてきた。
「プレーに関する事実についての主審の決定は、得点となったかどうか、また試合結果を含め最終である」というルール第5条の規定とその精神がサッカー界をリードしていたこともある。GLTの導入も、GLTがゴールの判定をするわけではなく、ボールがゴールラインを超えたかどうかをレフェリーに通知するだけというところが重要だ。
マラドーナの「神の手」のような手を使っての得点の場合も、GLTはレフェリーの腕時計に「GOAL」のシグナルを送るだろう。「手を使ったからノーゴール」という判定は、レフェリー自身が下さなければならない。
ファンを納得させる正しい判定のため、サッカーでも、遅かれ早かれ何らかの「ビデオ検証」が導入される可能性は高い。しかしそれが他競技と同じような「チャレンジ制度」なのか、それとも試合を止めた後にレフェリーが自主的に参照して最終的な判定を下すという形なのか、慎重に検討する必要がある。
(2014年9月24日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。