J2ファジアーノ岡山を率いて5シーズン目になる影山雅永監督は、誰かが倒れても、選手が自らボールを出す「フェアプレー行為」を禁じている。
「カウンターアタックに行かなければならない場面でプレーを止めたことがあった。うちの選手には勝負への執着心が足りない」
5月17日のJリーグ第14節。浦和に0-1で敗れた試合後の記者会見で、C大阪のランコ・ポポヴィッチ監督があきれ顔で語った。
まだ0-0だった後半なかば、相手陣に攻め込んだ浦和のMF宇賀神が相手と衝突して倒れた。ボールを奪ったC大阪は右タッチライン沿いにFW柿谷に送る。カウンターのチャンスだ。ところが柿谷は宇賀神が倒れたままなのを見てスピードを落とし、ボールをタッチラインの外に出してしまったのだ。
サッカーは接触プレーのある競技。倒れて動けない選手がいたら主審の笛を待たずに選手が自主的にボールを外に出してプレーを止め、治療や診断に当たらせる―。試合相手は「敵」ではなくサッカーを楽しむ「仲間」。フェアプレー精神の表れとして、世界に広まっている行為だ。
しかし最近のJリーグでは、状況や危険度を考えず、倒れたままなら自動的に外に出すケースが頻繁にある。出さなければならないという空気があるのも気になるところだ。
何よりも、倒れて起き上がらない選手が多すぎる。骨折など重大な負傷ならともかく、痛いだけであることがわかっているのに寝転んだまま立たない選手はプロ失格だ。それ以前にサッカー選手としての適性に欠ける。
プレーを止めなければならないのは、頭の強打など重大な負傷の恐れがある場合だ。また倒れたままの選手がゴール前にいてそこにボールが放り込まれるなどの状況なら、選手が自らボールを外に出すのが「仲間」としてふさわしい態度だ。
だが浦和対C大阪戦のケースでは、宇賀神は自らの無理なプレーで倒れ、悪くても足の打撲か捻挫だった。しかも柿谷がボールを受けたのは浦和陣に10メートル以上もはいった地点。そこから攻撃しても、宇賀神には何の危険もなかった。急に止まってボールを出したのには、あぜんとした。
ワールドカップではフェアプレーを貫いてほしい。だがボールを出すべき状況とそうでないところは決然と分けなければならない。原則は、影山監督が言うとおり、主審のプレーが吹かれるまでプレーを続けることだ。
(2014年5月21日)
「私が夢を見るのは寝ているときだけ。監督として目の前にあることをしっかりと把握するよう努めている」
ワールドカップ日本代表チーム発表の記者会見で、アルベルト・ザッケローニ監督(61)はこんな話をした。一瞬でも気を抜いたりあいまいにすることを許されないプロのサッカー監督としての自負が感じられる言葉だ。
しかし歴代の日本代表監督のなかでも、彼ほどのロマンチストはいないのではないか。選ばれた23人のメンバーを見ながら、そんな思いを抱いた。
メンバー選考には、監督の考え方が最も顕著に出る。失点を防ぐことから考える人、攻撃をつくることに主眼を置く人...。ザッケローニ監督に聞けば「どちらでもだめ。バランスが大事」と答えるだろうが、間違いないのは、今回の23人がサッカーを「つくる」ためのチームであり、「こわす」ためではないということだ。
ボランチには、ずっと選ばれてきた細貝萌(ヘルタ・ベルリン)ではなく青山敏弘(広島)を選んだ。2年以上も選ばなかったFW大久保嘉人(川崎)をチームに加えた。DF8人、MF4人、FW8人というバランスは、まさに「攻撃の手を休めないぞ」というメッセージそのものではないか。
ザッケローニ監督は就任当初から日本選手たちの攻撃的な才能を認め、それを最大限に生かすことが日本のサッカーを成長させる力になると考えてきた。アルゼンチンと対戦した彼の日本初戦でも、メッシなど相手の名前を恐れずに攻めることを求め、1-0の勝利をつかんだ。昨年アウェーで戦ったベルギー戦でも、攻撃し続けることで勝利に導いた。
それは、彼の祖国イタリアと違い、守ろうとしても守りきる力はないとの判断の裏返しでもある。守りに回らず攻め続けるところにこそ勝機が訪れる...。結果としてロマンチストにならざるをえなかったのかもしれない。だがおかげで、日本代表を見る喜びはこの4年で大きくなった。
「チームに成績のノルマを課することはしない。相手を気にするより、自分たちのサッカーに集中して、勝利に近づきたい」
ザッケローニ監督と23人の選手たちは、4年間で積み上げたパスをつなぎながら集団で攻め崩すサッカーを引っ提げて「ブラジル」に臨み、上位進出を目指す。それが可能かどうか、いまやすべてはコンディションづくりにかかっている。私たちもその夢を共有し、応援していきたい。
(2014年5月14日)
ブラジル人ダニエウ・アウベス・ダ・シウバは、きのう5月6日に31歳になった。職業はサッカー選手。スペインのバルセロナに所属し、通称「ダニ・アウベス」。ポジションは右サイドバックだ。
ブラジル代表72試合は平凡な選手の記録ではない。といってペレやマラドーナといった歴史的な名選手でもない。だがダニ・アウベスの名は、もしかすると、サッカー史のなかで大きく輝く存在になるかもしれない。
4月27日のスペインリーグ、アウェーのビジャレアル戦で、投げ込まれたバナナを拾って皮をむき、ひと口ほおばって平然とCKをけった姿は、世界中に衝撃を与えた。
猿の鳴きまねやバナナの投げ込みなどの人種差別行為は、10年以上前から欧州のスタジアムで繰り返されてきた。欧州社会の急激な国際化により、人種間のあつれきが大きくなった結果だった。
ブラジル北東部のバイア州で生まれ、サルバドールのエスポルチ・クラブでプロになったダニ・アウベスは、2003年、19歳のときにスペインのセビージャに移籍、08年には名門バルセロナの一員となった。その間、たびたび差別行為に悩まされてきたという。
06年にバルセロナのFWエトオ(カメルーン代表)が試合中に観客から受けた差別行為に怒り、自らピッチを去ろうとして大きな事件になった。国際サッカー連盟(FIFA)が差別行為の懲罰規定を大幅に変え、重くしたのは、この事件がきっかけだった。
だが、応援するクラブが無観客試合や勝ち点剝奪といった重大な懲罰を科されても、差別行為は一向になくならない。問題の根源が社会にある以上、サッカー側の対処だけでは根絶は難しい。
そんななかで起こった今回のバナナ事件。ダニ・アウベスの毅然(きぜん)とした態度は、差別行為をする側に大きな衝撃を与えたはずだ。
「投げた人は大恥をかいたに違いない」とダニ・アウベス。
衝撃はそれに止まらない。世界中でたくさんの選手がバナナを食べる写真を流し、ダニ・アウベスへのサポートを表明している。
激怒しても、撲滅運動でも、罰しても、根を絶つことができなかった差別行為。しかしもしかしたら、バナナを食べるという簡単な行為が「コロンブスの卵」のように流れを大きく変える力になるかもしれない。そして、「ダニ・アウベス」の名がサッカー史にペレやマラドーナより大きく記されることになるかもしれない。
(2014年5月7日 未掲載)
レフェリーたちはそれを「儀式」と呼んでいる―。コーナーキック(CK)の前、ゴール前での、守備側と攻撃側の選手の醜い争いと、それによって必要となる主審の仕事だ。
守備側がCKをゾーンで守る場合にはこのようなことは少ないが、マンツーマンで守るチームでは毎回と言っていいほどこうしたいさかいが起こる。
少しでもいいポジションを取ろうとする攻撃側。守備側はマークを外されまいと、手で押さえ、つかみ、相手の動きを妨害する。
ここで「儀式」が始まる。主審が笛を吹いてCKがけられるのを止め、目に余る行為をしているひと組を呼んで「離れなさい」と注意するのだ。だがポジションに戻るとそのふたりは争いを再開し、他の選手たちもつかみ合いをしているうちにCKがけられる...。
シーズン開幕前、Jリーグの村井満チェアマンは「3つの約束」を口にした。そのひとつが「リスタートを早くする」だった。
サッカーの試合時間は90分間ということになっているが、実際にはその3分の1以上、プレーが止まっている状態(ボールが外に出たり笛で止められてからFKなどが行われる間など)がある。実際にプレーが動いている時間を「アクチュアルタイム」と呼び、Jリーグはそれをなんとか60分にしたいと言う。
各チームの努力もあり、J1では第8節までの72試合中25試合で60分間を超えた。第1節のG大阪×浦和は66分18秒もあった。1試合平均57分24秒。昨年1シーズンの平均を1分41秒上回っている。だがその一方で、46分21秒(第6節のFC東京×鳥栖)という試合もあった。
CKについては、ボールが出てからけられるまでの平均時間は第8節までのJ1で31.4秒だった。私がかつて調べたワールドカップの試合では平均20秒を切っていた。まだまだ努力が必要だ。
どのチームもCKのキッカーはあらかじめ決められている。CKになったらすぐに走っていってほしい(ほとんどの選手は歩いていく)。そして何よりもゴール前の見苦しい争いをなくし、「儀式」を不要にしてほしい。
Jリーグでは1試合平均約10本のCKがある。これを20秒平均でければ、1分半以上もアクチュアルタイムが伸びることになる。
CKのたびに繰り返される「儀式」を見ると、つかみ合いなどがあった場合にはそのふたりをCKが終わるまで外に出すなどの罰則も必要ではないかとさえ思えてしまうのだ。
(2014年4月30日)
ワールドカップ・ブラジル大会の日本代表発表(5月12日)まで3週間。ザッケローニ監督は精力的に欧州を回り、Jリーグでは候補選手たちの奮闘が続いている。誰が23人にはいるのか、最後まで予断は許さない。
だがワールドカップ代表メンバーは「人気投票」ではないし、実力順に選ばれるわけでもない。決勝まで進めば合宿入りから50日間以上をともに過ごすことになるチーム。あらゆることを想定に入れてこの長期間を戦い抜くことのできる集団をどうつくるか、監督の考えが反映される。
基本的には、GK3人(大会規約で決められている)とフィールドプレーヤー20人。1ポジションに2人ということになる。しかしそれだけでは戦い抜くことはできない。
今月はじめに世界大会制覇を成し遂げたU-17日本女子代表(リトルなでしこ)は、決勝までの6試合で登録した21人の全選手にプレー機会を与えたが、ワールドカップではそうはいかない。出場機会に恵まれない選手も当然出てくる。そうした選手が練習や合宿生活でどんな態度をとるかが、チームの士気に大きく影響する。
2002大会では、トルシエ監督がFW中山雅史(当時34歳)とDF秋田豊(31歳)を23人のなかに含めた。ほとんど出番はなかったものの、ふたりは練習で常に大きな声を出してけん引車となり、明るく前向きな雰囲気をつくって大きな役割を果たした。
2010年大会では岡田武史監督がメンバーにGK川口能活を加えて衝撃を与えた。普通なら3人のGKの名を挙げるだけのはずだが、はっきりと発表時に「第3GK」と指定したからだ。
当時34歳の川口は、1998年から3大会連続出場してきた経験豊富な選手だったが、前年9月に右足を骨折し、この年には所属の磐田で1試合も出場していなかった。しかし岡田監督はすでにプレーできる状態であることを磐田に確認し、川口のキャラクターを買って23人のなかで出場の可能性が最も低い「第3GK」に指名したのだ。好成績のバックボーンに川口の存在があったのは間違いない。
2011年のアジアカップ優勝時に、出場機会のなかったDF森脇良太が明るく前向きの姿勢を貫いたことをザッケローニ監督は高く評価した。当然、中山、秋田、川口らがかつてワールドカップで果たした立場への理解はあるはずだ。ではブラジルでは誰がその役割を果たすのか―。私はそこに注目している。
(2014年4月23日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。