「ブラジルではね、試合を決めるのは9番ではなく5番だと言われているんだよ」
読売クラブの監督をしていた故・相川亮一さんからそんな話を聞いたのは、80年代のはじめのころだった。
「9番」や「5番」は背番号であり、試合ごとに1番から11番まで背番号をつけるのが普通だった当時は、同時にポジション名でもあった。9番はセンターフォワード。そして5番はDFラインの選手ではなく、守備的なミッドフィルダー、現在でいう「ボランチ」のことだ。
ワールドカップで3回目の優勝を達成した70年大会でブラジルの5番をつけていたクロドアウド、80年代初頭に不動の5番だったトニーニョセレーゾ(現鹿島監督)らのプレーを見て、ブラジルのサッカーにおける5番の重要性は私も理解していた。守備ラインの前で防御の網を張るだけでなく、ボールを受けて自在に攻撃をあやつる彼らのプレーが、自由奔放な攻撃の土台となっていたからだ。しかし「9番以上」という言葉は驚きだった。
その後の82年ワールドカップで、ブラジルが5番のトニーニョセレーゾとともに15番(本来は5番の控え)を付けたファルカン(元日本代表監督)を並べて使い、センセーションを起こした。中盤を支配することの戦術的な重要性が大きくクローズアップされるようになったのだ。
先週水曜日に行われた日本代表のニュージーランド戦は、課題も出たが、同時に、うれしい驚きもあった。代表4試合目の青山敏弘(広島)と9試合目の山口蛍(C大阪)のふたりが先発でボランチのコンビを組み、攻守両面でハイレベルなプレーを見せたことだ。
昨年までのザック・ジャパンでは、ボランチは遠藤保仁(G大阪)と長谷部誠(ニュルンベルク)が鉄壁のコンビを組んでいた。しかし国内組だけで臨んだ7月の東アジアカップ(韓国)で青山と山口が好プレーを見せ、山口は11月のベルギー遠征で主力のふたりに割ってはいる勢いを示した。そしてそこに青山も加わり、選手層は一挙に厚くなった。
ザッケローニ監督が標榜する「日本のスタイル」とは、選手の動きとパスが有機的にからむコンビネーションサッカー。その土台が安定したのは、小さからぬ意味がある。
ブラジルは今回もパウリーニョ(トットナム)らワールドクラスのボランチを並べている。しかし日本のボランチも「王国」のファンに強い印象を与える力を十分もっている。
(2014年3月12日)
3月の声とともにJ1とJ2が開幕。9日(日)には注目のJ3もスタートを切る。
12チームで開幕を待つJ3。そのうちのひとつは、これまでのJリーグのチームとは大きく違う。「クラブ」ではないのだ。
「JリーグU-22選抜」。若手に実戦経験を積ませることを目的に、日本サッカー協会が運営する。J1の18クラブ、J2の22クラブ、計40のクラブで公式戦に出られない若手選手から試合ごとに16人を選んでJ3の試合に参加するという。
かつては「サテライトリーグ」があり、若手が経験を積む舞台になっていた。だがそのための選手を保有しなければならないなど問題が多く、現在は実施されていない。
選手は試合で育つ。有望な若手プロにどう実戦経験の機会を与えるかは日本サッカーの大きな課題だった。J3誕生に合わせてひとつの解決策が示されたのが「J-22」だ。
本来「22歳以下」だから、今季は1992年生まれ以降の選手のはず。しかし2016年リオ五輪に向けての強化を考え「1993年以降」で編成することにした。監督はJリーグで監督経験をもつ高畠勉。先月24日に登録選手を発表した。J1から53人、J2から36人、計89人のリストだ。
ただし、川崎のMF大島僚太、清水のGK櫛引政敏、C大阪のMF南野拓実、神戸のDF岩波拓也、湘南のDF遠藤航など、各クラブが主力と予定している選手は最初からリスト外とされた。
J3は原則として日曜日開催。木曜夜に各クラブと連絡を取り合って週末のリーグ戦のメンバー(18人)にはいらない選手から16人を選び、金曜日に集合、土曜日に練習をして試合に臨む。ホームスタジアムはなく、すべての試合を相手のホーム、すなわちアウェーでこなす。
3月1日と2日にJ1とJ2の合計20試合が開催されたが、89人のうち先発したのが14人、交代出場が9人、そしてベンチ入りしながら出場できなかった選手が9人だった。もしこの週末にJ3の試合が行われていたら、この32人を除く57人が選考の対象だった。
注目の初戦は3月9日、沖縄県陸上競技場での対FC琉球。キックオフは15時10分。テレビの生中継もある。
「初めての試みで予測がつかない部分もあるが、精いっぱいやって優勝を目指したい。ここで活躍して、『こっちで使うからもう出せない』と所属クラブから言われるようになれば本望」と、高畠監督は意欲満々だ。
(2014年3月5日)
「最後まであきらめない」
多くのプレーヤーが、そして多くのチームがそう宣言する。しかし言うは易く、実行するのは難しい。
2週間にわたって楽しませてくれたソチ冬季五輪。冬の競技ならではの数々の美しい映像が印象的だった。しかしそのなかで私が最も強いインパクトを受けたのは、女子フィギュアスケートの浅田真央選手だった。
サッカージャーナリストの大先輩・賀川浩さんはフィギュアスケートの報道においても超一流の記者だが、私はサッカーしか取材したことがなく、まったくの門外漢。その素人の目から見ても、浅田選手の精神力は衝撃的だった。
4年前の大会で銀メダルをとり、今回は金メダルの有力候補と言われていた浅田選手。しかし前半のショートプログラムで信じ難い失敗をして16位。誰よりも落胆したのは、浅田選手本人であったに違いない。しかも後半のフリーは翌日。この短時間に気持ちを整理し、再び集中するのは至難の業と感じたのは、私ひとりではなかっただろう。
トップクラスのスポーツ選手は何よりも勝負にこだわる。というより、強くなりたい、勝ちたいという気持ちを誰よりも強く持つ者だけが、トップクラスで競技することを許される。表面はどう装っても、他人の目に触れないところでは敗戦の悔しさにのたうち回るのがトップクラスのスポーツ選手なのだ。
浅田選手もフリーの演技が始まる直前までショックを引きずっていたようだ。しかしリンクに上がると集中しきった演技を見せた。その精神力、その強さに、心打たれなかった者がいるだろうか。
スポーツ選手にとっての最大の勝利とは、自らの弱さに打ち勝つことと、私は考えている。弱い自分自身を認め、だからといって勝負から逃げず、正面から向き合って、もっているものすべてを堂々と出し尽くす―。
長い間の心血を注いだ努力が金メダルという形で報われなかったのは、本当に残念だった。しかしソチでの浅田選手は、金メダルと比較することなどできない、「偉大」と呼んでいい勝利をつかんだのではないだろうか。
ソチが終わり、しばらくすると、人びとの関心は6月のワールドカップに向かっていくことだろう。アルベルト・ザッケローニ監督率いる日本代表は、浅田選手があんなに細い体で見せた「本当の強さ」を、ブラジルの舞台で発揮することができるだろうか。
(2014年2月26日)
Jリーグ3部、「J3」がスタートする。
1993年に10クラブで誕生し、7シーズン目の99年に2部「J2」が発足したJリーグ。それから15年を経て、新たなステージを迎えることになった。 J3初年度は12クラブに「JリーグU-22選抜」を加えた12チームで、3月9日から11月23日まで3回戦総当たりの全33節を展開する。
U-22選抜は興味深い。2016年のリオ五輪を目指す年代(1993年以降の生まれ)に限定し、試合ごとにその週末のJ1とJ2でメンバー入りしなかった選手から選抜する。
「これまで3年間かかった経験を1年で積ませる」と、チームを運営する日本サッカー協会の原博実専務理事兼技術委員長は語る。
だが長期的視野でより重要なのはJ3の存在そのもののはずだ。Jリーグが本当に日本全国のものとなる礎ができたからだ。
Jリーグは一昨年にJ1が18、J2が22クラブの定数に達し、初のリーグ外への降格が実施された。その一方で、日本全国にはJリーグ入りを目指すクラブや動きがさらに数十もあり、その多くが、「入場可能数1万人以上(J2)」というホームスタジアムなど、プロクラブとして規定された基準のクリアに苦しんでいるという事実がある。
J3はそのハードルを低くし(スタジアムは5000人以上)、本格的なプロクラブへの「導入段階」のような意味合いをもたせた。J3で地域に根差した活動を展開して理解を広め、まずはJ2基準のプロクラブづくりを目指してもらおうという考え方なのだ。
U-22選抜を除く11クラブには、東北の3クラブを始め、これまでJ1あるいはJ2のクラブがなかった県からの参加が5クラブもある。J2に新加盟の1クラブを含め、「Jリーグがある都道府県数」は、昨年の30から36へと増えた。
さらに「予備軍」がひしめき合っていることから、J3のクラブ数は急速に増えるだろう。J1の強豪がBチームを編成して参戦するかもしれない。5年後にクラブ数が24になり、東西2リーグになる可能性は十分ある。そのときには、日本の大半がJリーグで覆われることになる。
ことしは原則日曜日開催になっているが、観戦に最適な曜日・時間は地域やクラブによってさまざまなはず。全試合生中継という縛りがあるわけではないから、もっと自由にしたらどうか。J3が元気を発散し始めたら、Jリーグ全体が活気づくはずだ。
(2014年2月5日)
きょうは「ライン」の話である。
平たんな発音の「ライン」ではない。頭にアクセントがくる「ライン」、サッカーのピッチ上に描かれ、ピッチの境界線や各種のエリアなどを示す線だ。
数学で「ライン(直線)」と言えば幅はゼロということになっているが、サッカーのラインには幅がある。
「トイレットペーパーとサッカーのラインではどちらが太いか」という有名なクイズがある。トイレットペーパーは11.4センチ。ラインは12センチ。サッカーのラインのほうが太い。
ルール第1条に「ゴールラインの幅はゴールポストおよびクロスバーの厚さと同じでなければならない」という規定がある。ポストとバーの厚さは12センチ以下と決められていて、実際には公式戦で使うゴールはすべて厚さ12センチになっている。そして「すべてのラインの幅は同じ」という規定から、サッカーのラインはすべて12センチの幅で引かれることになる。
さて、ラインに関して最も重要な規定が、やはりルール第1条に記されている。
「エリアの境界線を示すラインはそのエリアの一部である」
選手、審判、そして観客が明確に認識できるように、真っ白い塗料(あるいは石灰)を使い、幅12センチで引かれるライン。だが大事なのはその外側の縁(ふち)だ。そこが本当の境界線となる。より正確に言えば、その境界線から垂直に伸びた「面」が、ラインが規定するエリアの境界となる。
球形のボール。接地面がタッチラインから外れていても、空中で一部が境界内にある場合はまだインプレー。ライン上からしっかり見ないとわからない。
タッチラインでは選手たちもまだ鷹揚だ。しかしこれがゴールの枠内のゴールラインだとそうはいかない。ボールが完全に境界を越えたかどうかは、すなわち得点かどうかで、勝敗に大きく関係するからだ。
人間の目での判定だけという150年間の伝統を破り、科学技術を用いた「ゴールラインテクノロジー」が正式に認可されてワールドカップでも使われるのは、ボールが完全にゴールラインを越えたかどうかの判定が時として非常に難しくなることを示している。
ところで、「ラインはエリアの一部」の原則から外れるラインがひとつだけある。ハーフウェーラインである。ピッチを二分するこのラインだけは、その中央が本当の境界線。あまり知られていないが、実はオフサイドの判定に大きな影響があるポイントだ。
(2014年1月29日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。