横浜、2012年12月6日―。来年で誕生150年を迎えるサッカーの歴史のなかに大きく残る日だ。
サッカーで初めて公式に「ゴールラインテクノロジー(GLT)」が使われたのだ。ボールがゴールにはいったかどうかを見きわめて主審に伝達するシステム。試合はクラブワールドカップのサンフレッチェ広島対オークランド(ニュージーランド)。主審はアルジェリアのジャメル・ハイムディだった。
現在国際サッカー連盟(FIFA)が認可しているGLTは、特殊なボールとゴール内に張った磁場を利用した「ゴールレフ」と、何台かの高速ビデオカメラを使う「ホークアイ」の2種類。横浜ではゴールレフ、同大会の4試合が行われる豊田ではホークアイが設置されている。
その名のとおり、GLTが使われるのは、ボールがゴールにはいったかどうかの見きわめに限られる。タッチアウトやオフサイド、ファウルなどには一切関与しない。
これまでのところ、クラブワールドカップではGLTが必要になるような際どい場面はないが、大会の残り5試合でそうした場面が生まれれば、日本のファンは「新時代」の証人となる。
さて、「サッカーでも機械判定が登場」などと紹介されるGLTだが、少し違う。
「キックオフの90分前にその試合の担当審判がチェックし、GLTを使うかどうかを審判自身が決める」とFIFAのバルク事務総長は説明する。大金をかけて導入しても、実際に使うか使わないかは審判に任されているというのだ。
「GLTも審判を助ける道具のひとつ」と話すのは、2010年ワールドカップで活躍した西村雄一主審だ。
「主審の腕につけた装置で副審から注意を喚起するシグナルビップや、審判員間で会話ができる無線システムなどと同じように、正しい判定をするための助けになるよう導入されたものなのです」
GLTは主審の腕時計に「ゴール」の信号を送るが、それを採用するもしないも主審に任されているという。最終判断を下すのは、あくまで審判なのだ。
絶対に勝てるシステムや戦術がないのは、サッカーが「ヒューマンゲーム」だからだ。主体が人間であることにこそ、サッカーの最大の魅力がある。
GLT導入は歴史的な出来事。しかしゴール判定が人間不在になったわけではない。最終判断は、いまも審判という人間に任されている。
(2012年12月12日)
「『良いクロス』って何だろう?」
コーヒーを飲みながら、友人とそんな話をした。「清武がヨーロッパでベストクロッサーに選ばれた」という話を聞いたからだ。
1960年代のダービー(イングランド)にアラン・ヒントンという選手がいて「ベストクロッサー」と称賛されていたのを思い出した。味方に得点させるためにサイドから中央に送るパスを「クロス」と呼ぶ。ヒントンは正確なキックで定評があり、そのクロスから数多くの得点をアシストした。
ドイツのニュルンベルクに所属する清武弘嗣。今季15試合のチームゴール14のうち、自ら3点を記録しただけでなく、実に5点をアシストしている。味方の頭にぴたりと合う彼のクロスこそ、このチームの生命線だ。
確かに得点に結びついたクロスは良いものに違いない。だがテレビ解説者が「良いクロスですね」と言うのを聞くと、最近、どうも結果論のように聞こえてならない。
クロスの多くは長身の相手DFにはね返される。狙いどおりのところにすばらしいボールを送ったと思っても、相手DFのポジショニングや対応が良ければシュートにさえ結びつかない。
攻撃側はニアポスト(クロスを入れる選手に近い側)とファーポスト(遠い側)に少なくともそれぞれ1人詰めるのが原則。ボールがけられるタイミングに合わせてそこに走り込む約束になっているから、ける側もイメージしやすい。だが当然のことながら相手チームもそこをしっかりと防ぎにかかるから、簡単ではない。
清武の場合、比較的高いボールがゴール正面、相手DFとDFの間に落ち、そこに走り込んだ味方がヘディングで得点するというアシストが多い。GKが出てこれず、しかもできるだけゴールに近い場所に落とさなければならない。超精度のキックが必要だ。
だがいくら正確なキックでも、それだけでは得点は生まれない。走り込む選手が清武から送られてくるボールのコースや特性特質を知り抜き、どんぴしゃりの場所とタイミングでジャンプしなければならないからだ。
「結局、『良いクロス』というものは存在しない。キッカーと詰める選手の、正確な技術と高度な相互理解による連係プレーがあるだけではないか」
私の結論に、友人は「何をいまさら」という顔をしながら、「サッカーはすべてそうだよ」と言った。
(2012年12月5日)
06年ワールドカップ得点王のドイツ代表FWミロスラフ・クローゼ(34)は「伝説」になりつつある。
彼は現在もドイツ代表のエースであり、通算126試合目(歴代2位)となった10月のスウェーデン戦でも2得点を記録、通算67得点として「不滅」と言われたG・ミュラーの68得点に肉迫した。
ワールドカップでも3大会、19試合に出場して通算14得点。ロナウド(ブラジル)の最多得点記録に1点差。ドイツ代表に彼を脅かすFWがいないいま、14年ブラジル大会での新記録樹立は十分可能と見られている。
だが彼の「伝説」は記録だけではない。ことし9月26日、イタリア・セリエAで見せた彼の行為こそ、その表現に値する。
彼が所属するラツィオがナポリに乗り込んだ試合。前半4分の右CK、クローゼが走り込む。次の瞬間、ボールはゴール内に転がり込んだ。得点を宣言するバンティ主審。だがナポリの選手たちが猛烈に抗議する。
実は、ボールは相手と競りながら不用意に挙げたクローゼの右手に当たってゴールにはいっていた。しかし主審もゴールのすぐ横にいた「追加副審」も、それを見ることができなかったのだ。
仲間の歓喜の輪からクローゼが抜け出したのはそのときだった。固い表情でバンティ主審に歩み寄ると、彼は「僕の手に当たってはいった」と話した。
試合は再開されていなかったから、バンティ主審は判定を変更することができた。ルールどおりなら、手を使って得点したクローゼにイエローカードが出されてもおかしくなかったが、38歳の国際主審はそんな野暮ではなかった。クローゼに差し出したのは、自分の右手だった。
主審と握手した後、クローゼはナポリの選手たちに囲まれて称賛を浴びた。試合はナポリが3-0で圧勝したが、話題はクローゼの行為に独占された。
クローゼはブレーメンに所属していた05年にも同じようなことをしている。相手GKが彼に反則をしたとしてPKが宣告されたとき、クローゼは「相手GKが先にボールに触れていた」と主審に告げ、PKの判定とGKへのイエローカードを取り消させたのだ。
「テレビの前で多くの少年少女が見ている。僕たちは彼らに手本を示す責任がある」
「当然のことをしただけ」とクローゼ。14年、ブラジルで彼が新記録をつくり、誰もが認める「伝説」となることを期待したい。
(2012年11月28日)
18日に行われた「J1昇格プレーオフ」準決勝2試合の結果には驚いた。J2で6位だった大分が3位の京都に、そして5位の千葉が4位の横浜FCに、ともに4-0というスコアで勝って23日の決勝戦に進んだのだ。
「一発勝負」面白さは、当事者にとっては怖さでもある。実力以外の要素、勢いや運といったもので、結果が大きく変わってしまうからだ。
サッカーという競技は番狂わせが起きやすいと言われるが、99~00シーズンのフランスカップほど番狂わせが連続した大会はないだろう。主役はカレーRUFC。現在は活動を休止しているが、当時はアマチュアの1部、トップリーグから数えると「4部」(日本なら地域リーグ)に当たるリーグ所属だった。
教師や港湾労働者などで構成されるカレーの名が話題に上るようになったのはフランスカップの10回戦でプロ2部のリールをPK戦で下してから。さらにプロ2部のカンヌもPKで下すと、準々決勝では1部ストラスブールに2-1の勝利。準決勝では前年のリーグチャンピオンであるボルドーから延長戦で3点を奪って3-1で勝ってしまったのだ。
00年5月7日、決勝戦の舞台はパリのフランス競技場。相手はプロ1部の強豪ナント。だが7万8586人の大観衆にもカレーの選手たちはひるまなかった。前半34分、左CKから執拗(しつよう)に攻め、FWデュティトルが決めて先制する。
後半、反撃に出るナント。速攻からたちまち同点とする。だがカレーはくじけない。再び勇気をふるって攻勢に出ると、互角以上の展開に持ち込む。そして残り時間が2分を切っても、決勝点を狙って人数をかけてナント陣に攻め込んでいた。
ボールを奪ったナントがカウンターをかける。カレーの守備陣はよく対応したが、ペナルティーエリア内でナントのFWカベリアが倒れ込んだ。
明らかなシミュレーション。アマチュアを相手に、プロが恥ずべき行為に走ったのだ。しかしコロンボ主審はPKを宣言。FWシベルスキがゴール中央に決めたとき、時計は89分57秒を示していた。フランス・サッカー史に刻まれるカレーの快進撃は終わった。
J1昇格プレーオフの決勝戦だけではない。年末から年始にかけて、クラブワールドカップや天皇杯など「一発勝負」の大会が次々と開催される。サッカーが持つもうひとつの魅力を、予断をもたずに楽しみたい。
(2012年11月21日)
11月11日のJ2(Jリーグ2部)最終節はまさに激動の一日。この日の試合結果により、なんと2位から6位の5チームもの順位が入れ替わるという激しさだったのだ。
町田ゼルビアに3-0で勝った湘南ベルマーレが、アビスパ福岡と0-0で引き分けた京都サンガを抜いて2位に上がり、J1への昇格が決まった。3位となった京都は「J1昇格プレーオフ」に出場することになった。
J1からの降格は3チーム。昨年まではJ2の3位までが自動的に昇格していたが、ことしから自動昇格は上位2チームだけ。残るひとつの座は3~6位の4チームによる勝ち抜き方式の「昇格プレーオフ」で争われる。
その「準決勝」は18日、3位京都対6位大分トリニータと4位横浜FC対5位ジェフ千葉。上位チームのホームで行われる1戦制だ。そして「決勝」は23日、舞台は東京の国立競技場。準決勝、決勝とも同点の場合には延長戦はなく、上位チームの勝ちとなる。
こうした3~6位の昇格プレーオフは89年にイングランドで始められ、05年からイタリアが追随するなど、欧州で徐々に広がり始めている。Jリーグもそれにならった形だ。
3月から11月まで42試合も戦って最終的に得た「3位」という成績が即昇格には結びつかなかった京都は、無念に違いない。しかし私は、このプレーオフにはそれほど不公平さを感じない。
2位の座をめぐって、そして6位までにはいることを目指して争われたJ2の今季終盤の熱気は、3位チームの嘆きを補って余りあるものだった。これまであまり注目されず、ともすれば女子のなでしこリーグよりメディアの扱いが小さかったJ2というプロリーグに、新しい生命力を与えたようにさえ感じるのだ。
プレミアリーグ昇格の最後の1枠を争ったことしのイングランドのプレーオフは、ウェストハム対ブラックプール。ウェストハムは2位と勝ち点差わずか2で、4位には10勝ち点差と大きく水を空けていたが、ルールを受け入れてプレーオフに出場、決勝では後半42分に勝ち越し点を挙げて昇格を勝ち取った。
このプレーオフ決勝はロンドンのウェンブリースタジアムで開催され、毎年約8万人の観客を集めるという。シーズンの終わりを飾るFAカップ決勝と並ぶ5月のビッグゲームとなっているのだ。
日本のプレーオフもそんな試合に成長できるだろうか。
(2012年11月14日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。