「一生ダイビングヘッド」
日本代表FW岡崎慎司(シュツットガルト所属)は、小学生時代のコーチからこんな言葉を贈られたという。
昨年9月のウズベキスタン戦。0-1で迎えた後半、右サイドからのボールがFW李忠成の頭上を越えて落ちてきたところに、後方から走り込んできた岡崎が飛びついた。
ひざの高さほどのボール。スタンドから見ていたら、まるで地面で鼻を擦りむいてしまうのではと思うほどの低さで飛び込んだ岡崎の頭から放たれたボールは、堅守のGKネステロフを破って日本の同点ゴールとなった。
ダイビングヘッドとは、体を空中に投げ出して行うヘディング。「フライングヘッド」とも言う。守備の場面で使われることも少なくないが、中盤では滅多に見られない。最も多いのがシュートの場面だ。体を投げ出すというプレーの特質上、決定的な状況だけで使われる「必殺」の技と言うことができる。
どういうわけか、私は高校時代からこのプレーが大好きだった。母に叱られながら軟式テニスのボールを使って居間で練習をし、前方に飛び込みながら両足を操ることで体にひねりを入れてボールの方向を自在に変えるテクニックも身に付けた。残念ながら試合で使う機会はあまりなかったが...。
岡崎がドイツに移籍して以来、日本のサッカーではなかなかダイビングヘッドによるゴールを見ない。もちろん高いクロスはヘディングで合わせようとするが、少し低くなると足を上げてけり込もうとする選手が圧倒的に多い。この傾向は、とくに若い選手に強いように感じる。
足でボールを扱うプレーは過去数十年間で大幅に向上した。浮いたボールのコントロールに苦労する選手などもうほとんど見られないし、ボレーキックの技術も高い。しかしジャンプしたりその場に立って足を上げてけるより、体を投げ出してヘディングするほうがより遠くのボールにコンタクトできるのは間違いない。
「ダイビングヘッド愛好家」としては、Jリーグの選手にも、中学生や高校生にも、もっとダイビングヘッドを練習してほしいと思う。いやというほど練習すれば、無意識に頭から突っ込んでいくようになる。
ゴール前で足を上げるのは無精にふんぞり返っているように見える。謙虚に頭を下げたら、サッカーの神様はきっとゴールという門を開けてくれる。
(2012年10月3日)
英語では「ヨーヨークラブ」と表現する。
「ヨーヨーを楽しむクラブ」ではない。昇格と降格を繰り返し、1部と2部を行ったり来たりする不安定なクラブのことだ。ドイツやスペインでは「エレベーターチーム」と呼ぶらしい。
イングランドのウェストブロミッジ・アルビオンは、今世紀だけでプレミアからの降格3回と昇格4回を経験し、典型的な「ヨーヨークラブ」と言われている。だが世界には上がある。キプロスのアリス・リマソルだ。
1997年から10年連続で降格と昇格を繰り返すという、他の追随を許さない「世界記録」を樹立。07年にようやく1部残留を果たしたが、翌08年からまた5年連続して腰の落ち着かない期間を過ごし、今季は2部でプレーしている。
93年にスタートしたJリーグに2部(J2)が誕生したのが99年。過去に1シーズンでもJ1でプレーした経験をもつクラブの数は28になるが、そのうちJ2でのプレー経験がないのは98年に消滅した横浜フリューゲルスを含めても7クラブにすぎない。
日本の「ヨーヨークラブ」は京都サンガだ。96年にJリーグに加盟、2001年にJ2に降格したものの1年でJ1に復帰した。04年の2回目の降格のときには再昇格に2年かかったが、1年でJ2に逆戻りし、また1年でJ1にUターン。そして11年に4回目のJ2降格を迎えた。降格4回、昇格3回。ウェストブロミッジに負けない「堂々たるヨーヨークラブ」だ。
その京都が4回目の昇格に向けて奮闘している。今月中旬には4連敗で6位に後退していたが、その後の連勝で自動昇格圏の2位に勝ち点2差に迫る3位まで持ち直してきた。
今季のJ2は、1位と2位は自動昇格だが、残る1つの座を目指して3位から6位までの4チームが「プレーオフ」を戦う新方式。2位湘南ベルマーレに8勝ち点差をつけている首位ヴァンフォーレ甲府は自動昇格(3回目のJ1昇格)が有力になったが、2位以下はまだまだ予断を許さない状況だ。
1部と2部を行き来するクラブのサポーターには、安定したクラブにはない醍醐味(だいごみ)があるに違いない。単なる順位争いを超え、大げさに言えば「生か死か」のスリルを豊富に体験できるからだ。降格は誰にとっても大きな失望に違いない。だが昇格はクラブの勲章のようなもの。勲章の数は誇りにしていい。
(2012年9月26日)
「まるで外国で暮らしているようだった」
88年夏、イングランドの強豪リバプールの伝説的な得点王イアン・ラッシュが語ったと伝えられる言葉だ。
彼は前年夏に巨額でイタリアの名門ユベントスに移籍。しかしイタリア生活やセリエAのサッカーに適応できず、わずか1シーズンで戻ってきた。その直後の言葉だったから笑いを誘った。以来、ラッシュの名前は、外国のリーグに適応する難しさの象徴として語られるようになった。
だが、このところ欧州のリーグに移籍していきなり活躍を見せる頼もしい日本人選手が目立っている。その最新の例が、ドイツ・ブンデスリーガのニュルンベルクに移籍した清武弘嗣(22)だ。
開幕から3試合連続で先発出場。ビッグスターなど皆無のニュルンベルクだが、2勝1分けと好調だ。その中心に清武がいる。
第3節、アウェーのボルシアMG戦では、FKとCKから2点をアシストし、最後には圧倒的な個人技で決勝点まで決めた。
2-2で迎えた後半10分。ペナルティーエリア正面で清武がボールを受ける。目の前には大柄な相手DFが2人。そのひとりをひらりとかわし、崩れそうになった体勢を立て直すと追走してきた相手も外し、目の前にDFを置いたまま右足を振り抜く。ボールはDFの股間(こかん)を抜け、相手GKがあぜんとするなか左隅に決まった。
「すでに清武は完全にチームメートに受け入れられている」と語るのは、ドイツで30年以上にわたって活動し、現在はサッカーのデータ分析の専門家である庄司悟さん。
「ニュルンベルクはどの試合もボール支配は35%程度。走力とがんばりのチーム。そこに技術の高い清武がはいり、彼にボールを渡せば『いなし』をつくって良いパスが戻ってくることで周囲の選手の走力が生きるようになった。清武にとっても、自分自身の特徴や能力を生かしてくれる最良のチームにはいったのではないか」と庄司さんは説明する。
先の日本代表のイラク戦でも香川真司不在を忘れさせる活躍を見せた清武。今後の活躍が本当に楽しみだ。
ところで冒頭の言葉は、ラッシュ自身が語ったものではなく、チームメートの創作らしい。それが有名になってしまったのは、「外国暮らしの悪夢」をあまりに見事に表現していたからに違いない。
困難なことをさらりとやってのけている日本選手たち。本当に頼もしく感じる。
(2012年9月19日)
暑さはまだまだ続きそうだが、「サッカーの夏」はようやくひと段落ついた気がする。
ことしは6月上旬にワールドカップのアジア最終予選が始まり、重なるように欧州選手権(ウクライナとポーランド)が開幕した。そして7月1日の決勝が終わると、すぐに五輪モードだった。
なでしこジャパンとU-23日本代表の活躍で沸いたロンドン五輪のサッカーは8月11日に終了したが、19日には女子U-20ワールドカップが日本で開幕、9月8日に決勝を終えると、11日にはワールドカップ予選の前半戦のヤマ場イラク戦...。夢のように試合が続いていた感がある。
さて秋はJリーグの季節。気がつくと残りは10節。ラストスパートにかかる時期だ。
ところがここまできても、今季のJリーグは大混戦模様だ。
首位仙台から勝ち点で10差以内になんと10チームがひしめいている。例年なら4、5チームというところ。異常と言っていい。
ずっと首位を保ってきた仙台に、7月にはいって広島が追いつき、一気に差を広げたかに見えたが、8月下旬に失速、仙台が首位を奪い返した。そうこうしているうちに3位浦和がじわじわと差をつめてきた。
だがその下には、好調の磐田、J2から昇格1年目で驚異の躍進を見せている鳥栖、実力派選手をそろえた名古屋、若手が引っ張る清水、爆発的な得点力をもつ柏、スピード攻撃のFC東京、さらには滅多に負けない横浜の7チームが、勝ち点3差のなかにひしめいている。どのチームも、3連勝すれば一挙に優勝争いに加わることができる。
一方、J1残留争いも混沌(こんとん)としている。「降格圏」16位の新潟(17位大宮も同勝ち点)から10勝ち点差以内に11位の神戸まではいっているのだ。
「Jリーグは世界で最も難しいリーグ」。外国人監督たちの一致した意見だ。上位と下位の差が非常に小さく、多くのチームに優勝のチャンスと降格の危険性がある。実際、こんなリーグは世界のどこにもない。
極端に言えば、今季のJリーグは18チームのうち上位10チームが「優勝争い」、残りの8チームが「残留争い」のなか、ラストスパートの時期を迎える。サポーターならずとも居ても立ってもいられない状況なのだ。
「Jリーグの秋」。今週末から10月上旬まの4節は、そのいわば「準々決勝」だ。どこも、ここで脱落するわけにはいかない。
(2012年9月12日)
ロンドン・オリンピックの試合会場で「なるほど」と思うことがあった。試合前のウォーミングアップ時に、「ゴールキーパー(GK)練習用ゴール」が用意されていたのだ。
下の写真を見てほしい。コベントリーで撮影したものだが、試合で使うゴール(左)のほかに、移動式のゴールがペナルティーエリアの外あたりに置かれている。
オリンピックでは、試合前、キックオフの30分ほど前から20分間程度、両チームがピッチを使ってウォーミングアップを行った。ただGKだけはその10分ほど前にピッチに出て練習を始めることを許されていた。Jリーグとほとんど同じ形だ。
GKのウォーミングアップはやるべきことが多い。基本的なキャッチングから始まり、横に倒れる「ローリングダウン」、ジャンプしてのキャッチ、正面からのシュート、クロスへの対応、パントキック...。だから他の選手より長い時間の練習を許されるのだが、その分、ゴール前の芝は状態が悪くなる。
そこで「GK練習用のゴール」の出番だ。基本的な練習はここで行い、チームメートがウォーミングアップの仕上げとしてシュート練習をするときになってはじめて試合用のゴールに移るのだ。
ウォーミングアップの時間が終わると、係員が2人ほどで軽々とゴールを運び去ってしまう。試合のじゃまにはならない。
ロンドン在住のジャーナリスト原田公樹さんに聞くと、プレミアリーグでは多くのスタジアムでこの方法が実施されているという。
写真のコベントリーのスタジアムはゴール裏の芝面も広く、十分なスペースがあるのでゴールラインから2メートルほど下げたところにGK練習用ゴールが置かれている。これが理想だが、マンチェスターではゴールライン上にゴールが置かれていた。それでもゴール前は守られる。
どんなきれいなピッチでもゴール前はかなり傷んでいる。傷む場所を分散するために、定期的にピッチを数メートル移す競技場もある。試合で両チームが最も頻繁にボールを奪い合うのがセンターサークル付近だが、ゴール前がそれ以上に荒れているのはGKの練習に原因がある。
ゴール前でのイレギュラーバウンドは、ときに結果に大きな影響を及ぼす。不必要なけがの原因にもなる。日本のスタジアムもこの方法を採用したらどうだろうか。
(2012年9月5日)
1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。